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博物館で「あなたの知らない○○の世界」を紹介しようと思ったので、まず私が知らない世界に飛び込んでみることにする。【コラムリレー07 第23回】

 「わたし卒論のテーマ、菌根菌(きのこ)だったんですよ。」市役所本庁舎にいる後輩職員からその発言をきいたとき、耳がダンボになりました。そして、帯広畜産大学出身のその職員をせっつき、指導教官だった同大准教授の橋本靖さんを訪ねたことが昨年(2019年)の富良野市博物館特別展「森を支えるきのこ」の実質的なスタートとなりました。

左:後輩職員 右:橋本先生

 今回お話しする「博物館のお仕事」は展示会や講座の企画・運営です。博物館の普及事業では、お客さんに歴史・文化・自然史・美術などの様々な地域の文化財=「地域の宝物」に親しんでもらう狙いがあり、それを下敷きに多様で魅力的なテーマを紹介します。小さなまちの小さな博物館では、そのまちの魅力にスポットをあてて紹介するだけでなく、ほかの地域の宝物や、宝物を守る視点を紹介することも重要です。それは多様なテーマを提供するというだけでなく、自分のまちの新しい宝物を掘り起こしたり、宝物の親しみ方・守り方を知ることにもつなげるためでもあります。

2019年の富良野市博物館行事案内リーフレット

 魅力的なテーマを企画するために、日頃から好奇心を持ってアンテナやつながりを求め、よいものを見つけたらすぐ自分の「面白リスト」に入れるために幅広いテーマで勉強することを心がけています。その中でも一番大事なのは「人」とつながることだと感じます。

 最初に紹介した「森を支えるきのこ」の話で言えば、「きのこ」は博物館が扱う素材としてだいぶ前から気になる存在でした。富良野市には東大演習林の教員として菌類を研究していた髙橋郁雄さんや「きのこの会」のメンバーがいて、親しむ機会には事欠きません。いずれはきのこの生態がテーマの展示会をしたいという気持ちから、観察会が終わった後、参加者が捨てようとしている食用以外のきのこをもらい、持参した粉末シリカゲル入りタッパーにつめて乾燥標本を作るなど、細々と個人レベルで活動をしていました。

きのこの観察会(中央が講師の髙橋先生)

 そしてあるとき、冒頭に述べたように身近なところに「きのこ人」を見つけ、さらにもっとすごい「きのこ人」を紹介してもらえるというチャンスに巡り合ったのです。きのこの生態、特に植物と共生する菌根菌が現生の森林相に大きな影響を与えている等の興味深い話をお聞きし、展示会を実施するために最後の、最も重要なピースである展示構成の理論的な裏付けを得ることができました。

 また、その前の年(2018年)は「透明標本と骨格標本の世界」をテーマとし、オホーツクミュージアムえさし、士別市立博物館と協力した特別展を行いました。こちらは同業で世代も近い両館の学芸員が「人」でした。展示物は地元高校生と骨格標本づくりに取り組んだ枝幸が提供し、展示構成(主にパネル作成)は士別が担いました。一方、このとき私ができたのはフォトショップで画像をいじるなどの「作業」ばかりで、展示物もメインの骨格標本はほとんど出せず。「人」を呼び込んでよい展示会ができても、それが自分自身や地域(博物館)の血肉にならなければ、目的は半分しか達成できていないのではないか・・・。

キタキツネの骨格標本を製作するTさん

 しかしこの思いは次に進むモチベーションとなり、新しい出会いを呼び込みました。地域の動物相・鳥類相を少しでも記録に残そうと、地元で拾得した遺体から骨格標本を細々と作っていた私の前に、隣町で地域の動物・鳥類を紹介するガイドブックの制作をしていた青年Tさんが現れます。地域おこし協力隊のTさんは専門家ではないものの、動物の生態や進化、身体の仕組みに関心を持って日頃からよく考えており、その話に大いに刺激を与えられました。「この人なら・・・」と思い、骨格標本づくりの取り組みの協力を依頼しました。それが今年(2020年)の隣町と連携した特別展「富良野盆地の動物たち~からだのしくみにせまる~」につながりました。

 ここまで他地域の方ばかり紹介しましたが、地元の方にも日頃から大いに協力してもらっています。昆虫採集・標本作り講座では地元の元高校教諭のN先生、化石の観察会ならやはり地元の元高校教諭のM先生、外来植物で草木染めをするときは地元の織物サークルのKさん。展示会でも、2014年には地元の写真家Iさんに提供いただいた雪虫の写真展を行いました。ここで挙げきれませんが、他にも多くの方が富良野市博物館を助けてくれています。

外来種で草木染め(右端が講師のKさん)

 学芸員が自らのフィールドで調査研究を進め、その成果をもとに特別展を開催するのは「地域の文化財を守り残す」ことに即した最も中核的な仕事です。ただ、調査研究は積み重ねが重要で、たいていは数年以上にわたる取り組みの成果として一つの展示活動が生まれるので、毎年それをするのは困難です。また、優れたテーマでも、毎年決まった学芸員が行う似通ったテーマではお客さんの注目度も落ちてしまいます。そのためにも外部からも面白い事物を取り込み、多様なテーマを紹介することが求められます。

 自分自身のことを思い返すと、大学在学中に「博物館の人」になりたいと思い始めた時から、専門分野である植物のことと並んで、面白いもの(当時は自然史ばかりイメージしていましたが)を紹介するネットワークのつなぎ目になりたい、という気持ちを強く持っていました。外から取り込むだけでなく、地元の宝物を外に紹介していく役割もあわせ、これからも地域の宝物を守り残すための取り組みを続けていきたいと思います。

<富良野市博物館 泉 団>