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文化財害虫調査【コラムリレー07 第30回】

 私は、釧路市立博物館で昆虫分野を担当する学芸員です。そのため昆虫を調査することが仕事の一つとなります。今回は、野外で見られる昆虫ではなく、博物館に侵入してくる昆虫の調査についてのお話をします。

 博物館に保管されている資料には、動植物標本以外にも紙や繊維、木材、毛皮、糊など、さまざまな生物起源の素材が利用されています。乾燥した動植物を食べる昆虫にとっては、これら生物素材の資料も餌となります。その中でも博物館に侵入して、所蔵する文化財に大きな被害をもたらす昆虫のことを「文化財害虫」とよびます。 北海道で見られるおもな文化財害虫には、シミ、チャタテムシ、カツオブシムシ、キクイムシ、シバンムシ、ヒョウホンムシ、イガなどがあります。これらの昆虫が発生すると、文化財を食べたり糞で汚すなどして直接被害をもたらすだけでなく、肉食性の昆虫やクモなどを誘引したり死骸がカビやホコリの発生源になるなど、館内の衛生環境を悪化させます。そのため博物館で文化財害虫が発生していないか調査を行っています。

調査中の粘着トラップ(東京文化財研究所提供)

 文化財害虫の侵入経路や発生場所を特定するための調査では「粘着トラップ」を利用します。型紙に両面テープを貼り付けて組立てたもので、市販されていますが自作することも可能です。 2020年の夏は新型コロナウイルス感染予防のため博物館でも出入口や窓を開放していたことから、例年以上に文化財害虫が侵入する可能性がありました。そこで東京文化財研究所の協力を得て、博物館の各収蔵庫で粘着トラップによる文化財害虫調査を行いました。調査場所は博物館1階から4階の収蔵庫。各部屋の四隅及び出入口の内側と外の計6箇所、合計24箇所に粘着トラップを設置しました。期間は7月12日から9月14日までの2ヶ月で、途中で1回新しいトラップと交換しました。 回収したトラップを調べたところ、文化財害虫としてはシミとチャタテムシの発生が認められました。また、各種のハエ類、蚊やユスリカ、クモ、ワラジムシなども捕獲されました。

粘着トラップ(2020年9月12日回収)

 文化財害虫が発生した場合の防除方法ですが、かつては建物全体を薬剤で殺虫処理する「文化財燻蒸」が一般的でした。しかし、燻蒸で使われてきた臭化メチルが代替フロンとして2004年末に使用が禁止されたことや、薬剤により文化財にも劣化が生じる場合があることから、薬剤以外にも複数の防除方法を組み合わせる「文化財IPM(総合的害虫管理)」により被害を最小限におさえることになります。

 今回発生したシミやチャタテムシは湿度の高い環境でよく見られる昆虫です。特に、チャタテムシはカビが発生したことを示す指標となります。そのため薬剤は使用せず、除湿器やサーキュレーターを設置することで湿度を下げ、カビの発生をおさえることにしました。また、新たに搬入する資料は一定期間冷凍したり高熱にさらすなど、薬剤を用いない殺虫処理を行ったり、収蔵庫の出入り口でスリッパに履き替えるなど、一つ一つの効果はそれほど高くなくてもいくつもの対策を積み重ねていくことで、文化財害虫の侵入を防ぐ取組みを行っています。 

 粘着トラップは地面を歩きまわる昆虫の発生状況を調査するもので、空を飛ぶ昆虫はあまり捕獲されません。そのため調査期間中に館内で昆虫を見つけたら知らせてもらうよう職員や清掃業者の方にお願いしたところ、開放した窓からスズメバチがよく侵入してくることが分かりました。こちらは文化財より人体に刺傷被害をもたらす「衛生害虫」です。来年以降も換気が求められる事態が続くようでしたら、衛生害虫の防除も考えなくてはいけないようです。

<釧路市立博物館 学芸員 土屋慶丞>