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道内から見つかる臭ビッキの謎 ‐農業政策と流通革命?‐【コラムリレー第5回】

1985年頃。北海道大学農学部
天井の高い薄暗い廊下古めかしい本棚が両側にそそり立つ。応用動物学研究室の扉が開き、低温研究所の朝比奈さんが飛び込んできた。

「阿部さん、変なカエルがいたんだよ」

「どれどれ、臭ビッキだね。どこにいたんだい」

「南区藤野の小鳥の村の池でね。トンボを捕っていってね」

「変だね。これ内地のカエルだよ。誰かが入れたんじゃないのかな?」

「こんなカエル誰入れるんだい?」

同じ頃、南区アシリベツ川の上流の林道。通称金古沢。

「白井先生、変なカエル捕まえた」

「青山先生、どんなカエルですか?」

「これだよ。背中にいぼがあるよ」

「こんなの北海道にいたかな?理科教育センターに戻って調べてみましょう」

羽幌町で

「斎藤くん、大きなオタマジャクシ捕まえたんだ。望潮山下の溜池だよ。変なカエルもいる」

「有田さん、そこで子供の頃よく遊んだけど採ったことない。バケタマじゃないですよね」

「バケタマじゃないね」

一般にバケタマは 北米原産のウシガエル(食用ガエル)のオタマジャクシを指す。2-3年幼生で過ごし、全長10cm超える巨大幼生になるのでこのように呼ばれます。成体も非常に大きく体重約3kg。多くの生物を食べ在来生態系を破壊することから、外来生物法により特定外来生物に指定されています。道内では温暖な函館周辺のみ生息。

バケタマ(ウシガエルのオタマジャクシ) 採集地:北斗市大野池(特定外来種)

バケタマ(ウシガエルのオタマジャクシ)
採集地:北斗市大野池(特定外来種)

元来北海道に生息するカエル類はニホンアマガエルとエゾアカガエルの2種。エゾアカガエルは早春林の縁辺の雪が融けた水たまりで、ニホンアマガエルは初夏から真夏にかけて田んぼで産卵。どちらも溜池では産卵せず、その年のうちにカエルになります。

謎のバケタマの正体はツチガエルのオタマジャクシ。幼生越冬し雪解けから真夏にかけて全長5cmを超えるオタマが見られます。

ツチガエル 採集地:木古内町渡島鶴岡の溜池(2004年5月撮影)

ツチガエル
採集地:木古内町渡島鶴岡の溜池(2004年5月撮影)

手足が出て蛙になる直前のツチガエルのオタマジャクシ 採集地:滝川市江部乙 (2016年8月撮影)

手足が出て蛙になる直前のツチガエルのオタマジャクシ
採集地:滝川市江部乙 (2016年8月撮影)

道南の木古内や北檜山、道央の札幌や長沼・由仁、滝川、秩父別、赤平、芦別、道北では旭川で次々と見つかりました。1970年頃僕がよく魚とりや虫取りをした羽幌の池にまで生息していたのです。この分布から調査不足だったんじゃない?在来種じゃないの?と疑う研究者まで現れます。

道内のツチガエルの分布 道南から道央、道北の一部まで広く見られる

道内のツチガエルの分布
道南から道央、道北の一部まで広く見られる

でも見つかった場所を調べるとどうも変です。見つかるのはほとんどが溜池、自然の沼には生息していません。そして高密度の溜池から離れるに連れ少なくなり、同じ様な環境があるのに全くいないのです。そしてモツゴなど元々北海道にはいない魚類も捕れるのです。

旭川近郊のツチガエルの分布。 一部の地域に集中して分布が見られ、溜池に多い。

旭川近郊のツチガエルの分布。
一部の地域に集中して分布が見られ、溜池に多い。

昔はいなかった溜池になぜいるのか?
その経緯は稲作と深い関係があります。現地で聞き取り調査をすると、密度の高いほとんどの溜池で鯉を飼っていたのです。 戦後北海道ではたびたび冷害に見舞われ凶作となり農家は困窮しました。道庁や市町村はこの状況打開のため、副収入で農家経営を安定化を図ろうとしました。その切り札が温水溜池を使った鯉養殖。

高度成長期以前、桶の中に鯉の稚魚を入れそれを重ねてチッキにして鉄道で送られていました。桶の中に鯉以外のもの、ましてオタマがいたらそんな取引はオジャンですよね。信用問題です。高度成長期、田中角栄の日本列島改造論以降、日本中の道路が急激に整備。舗装道路が全国各地に広がります。これにより流通革命が起き、輸送の主体が鉄道からトラックへと変化、酸素ボンベと大型水槽を積んだ活魚輸送が可能となったのです。

寒い北海道では、稚魚から売りものになるまで成長させるには3年ほど、大型の幼魚を持ってくれば1年で売り物になります。ツチガエルのオタマが活魚輸送の水の中に紛れ込み、鯉と共に北海道の大地に侵入したのです。今年北海道と内地のツチガエルの遺伝子分析プロジェクトが始まります。どこの産地のものが北海道各地に侵入したのか?結果は来年夏!

〈フリーランスキュレーター・ざりがに探偵団主宰・北海道教育大学旭川校 博物館学非常勤講師 斎藤和範〉