日高山脈のジオは,とてもすばらしい.活発に活動する日本列島のような島弧の地下深部(上部マントル〜地殻)を代表する世界的にとても貴重な地質や岩石が地表に露出し,山脈をつくっているからである.ここでは,その世界的で魅力的なジオの持ち味を再認識していただくために,岩石標本展示にこだわって解説してみたい.日高山脈で観察される「島弧深部の地質」を概観し,「地球と大地の変動」を地球スケールで考えてみる機会にしていただければ幸いである.
日高山脈の地質のなりたち示す東西断面図
図1 日高山脈の形成を解説する東西地質断面図(えりも町郷土資料館・水産の館の展示パネル).
えりも町郷土資料館・水産の館の展示パネルの地質断面図には,実物の岩石標本がみごとに研磨されて貼られている(図1).また,パネルと同じ標本が手前に置かれていて,解説プレートを読みながら観察でき,当館が発行したパンフレット(えりも町教育委員会,1997)の写真解説もわかりやすい.同じ岩石標本の薄片が全て揃っているので,偏光顕微鏡観察もできる.
えりも町は日高山脈の南に位置しており,この東西断面図は,ちょうど北側に連なる山脈の地質を透視的に見た形になっている.そのために,山脈の地質の全体像を容易に理解できる.
この展示内容が企画された当時の背景には,重要な地質研究の進展があった.1つは,小松ほか(1982)による「日高山脈が島弧深部の地質でできている」という見解であり,もう1つは,小山内(1985)の地質温度計・膣圧力計を駆使した岩石鉱物の形成温度圧力についての研究である.ちょうどその頃,地質学関係者の間では,日高山脈のように高温高圧の島弧深部でできた地殻下部〜上部の岩石が途中欠落なく連続的に分布する地域は世界的にも珍しく,たいへん貴重だと理解されるようになっていた.
日高山脈の模式的な岩石標本展示で地質形成モデル解説
北海道大学総合博物館3階の学術資料展示「北の大地が大洋と出会うところ『アイランド・アーク』」をご覧いただいただろうか? ここに,日高山脈の代表的な岩石(変成岩と深成岩)が展示されている(図2).
図2 北海道大学総合博物館3階の学術資料展示室.中央展示台に並べられた日高山脈の岩石標本.
日高山脈の岩石標本の展示では,とくに「高温の島弧深部でいかに活発なマグマ活動が起こっていたか」が主題になっている.以下に,解説パンフレット(図3)の日高山脈「島弧深部でできた岩石」(新井田,1999)から,その主題部分について紹介しておきたい.参考までに,この解説パンフレットは博物館のホームページで公開されており,今でも自由にpdfファイルをダウンロードできる.<http://museum-sv.museum.hokudai.ac.jp/exhibition/specimens/>
図3 アイランド・アークの解説パンフレット(北海道大学総合博物館3階の学術資料展示).
島弧の地下で起こる地質プロセス
地下深部で起こる変成作用やマグマ活動の理解のために,温度-圧力図がわかりやすい(図4).この図は,日高山脈の変成岩(グラニュライト,角閃岩,黒雲母片麻岩〜片岩,ホルンフェルス)の平衡温度-圧力の見積り結果(小山内,1985)をプロットしたもので,かつて日高山脈の地下で変成作用が進行し,大量にマグマが発生した時の地温勾配(地下の温度上昇率)が描かれている.その時,地温勾配は最大で約34℃/kmに達し,活発に火山活動が起こる日本列島のような島弧脊梁部の地下の温度勾配に匹敵していた.これこそが,日高山脈の地質と岩石から「日高島弧」の地下深部を思い描く最大の理由である.その詳細については,日本地方地質誌1「北海道地方」(日本地質学会編,2010)を参考にしてほしい.
図4 日高山脈の変成岩から見積もられた地温勾配とマグマの発生を示す温度-圧力図(新井田,1999).
図4のように,「日高島弧」の場合,地下の温度が約850℃を越えたところで,地殻最下部のグラニュライトや角閃岩は部分融解を起こし,トーナル岩質の珪長質マグマができた.同時に,さらに深部の上部マントルで,かんらん岩が部分融解を起こして玄武岩質マグマが発生した.このように,高温の地温勾配をもつ島弧深部では,地殻最下部と上部マントルで,それぞれタイプの異なる2種類のマグマが発生し,活発なマグマ活動が起こっているのである.
図5 日高山脈の変成岩や火成岩がつくられた「日高島弧」リソスフェア深部を復元したモデル図(新井田,1999).
図5は,「日高島弧」の地下深部の温度と空間的な配置関係を考慮して描いたモデル図である.この図の縦軸(深さ)に沿った地下の温度見積りは精度が高く,代表的な岩石の空間配置については日高山脈の東西地質断面図(図1)に対応する.現在の地質断面を反時計まわりに回転させて,西側を地下深く沈めてみると,図5のように復元された配置関係になっている.
なぜここに日高山脈ができたか?
日高山脈のように島弧深部の上部マントル〜地殻の岩石が地表まで上昇して山脈ができる大地の変動は,とても大規模な地球変動の1つである.ここで日高山脈の位置を地球儀スケールで見ておきたい.
北海道は,太平洋と大陸の狭間に位置する日本列島北端の大きな島で,南東側に太平洋が広がり,北西側には極東シホテ・アリンからシベリアの大陸が続いている(図6).北海道の東半部から千島列島の太平洋海域には千島-カムチャッカ海溝があり,北海道襟裳岬沖でその方向を東北日本の本州弧沿いに屈曲させて日本海溝に連続する.北海道中央部に南北に連なる日高山脈は,大雪山系とともに北海道の脊梁を形づくっており,北海道を東西に2分している.その南端は,襟裳岬で太平洋に突き出し,千島-カムチャッカ海溝と日本海溝の屈曲部までつづいている.
図6 北海道と周辺海域の大地形(グーグルアースを使用)
このような大地形にみる地理学的な特徴は,実は地質学的にも同様で,ここで北海道の地質基盤も東西に2分される.日高山脈から北海道東部,さらに千島列島〜オホーツク海の地質基盤として共通の大陸地殻(オホーツク古陸)が想定されている.日本地方地質誌1「北海道地方」(日本地質学会編,2010)の第1章「北海道概説」(新井田,2010)を参照してほしい.
北半球の巨大プレート境界でできた山脈!
次に,北海道と日高山脈の位置を,地球の北半球を覆う3つの巨大プレートの配置関係から確かめてみたい(図7).北海道は,1年に約10cmの速さで北西方に沈み込む太平洋プレートの沈み込みスラブの上に載っており,ちょうど北米プレートとユーラシアプレートの境界部に位置している.そのプレート境界は,現在,日本海東縁(図7の実線)にあると考えられている.しかし,約1300万年前に始まった日高山脈の上昇ステージ(新生代中新世後期)には,この境界は北海道の中軸部(図7の破線)に位置しており,ここで日高山脈は東側の北米プレートが西側のユーラシアプレートの上に押し被せられるように衝上してできたと考えられている.
図7 北半球を覆う3つの巨大プレートの分布と北海道の位置(新井田,2010).北米プレートとユーラシアプレートの現在の境界を太い実線で示す.北海道の中軸部を通る太い破線は,日高山脈の上昇ステージ(新第三紀中新世後期)のプレート境界.
図7の太い実線に付記されている矢印を見てほしい.地球儀スケールで北海道の裏側を見てみると,そこにはジュラ紀末期から持続的に低速拡大を続ける大西洋があり,その拡大境界は北極周辺から北海道側で衝突境界に転換する.日高山脈が形成される前舞台のステージ(白亜紀)には,2つのプレートの間に海洋プレート(古太平洋)が広がっていた.これが,北海道周辺海域では,新生代初頭には消滅して2つのプレートが接合し,その後衝突境界に転じたのである.
このような地球規模の変動帯としては,アルプス山脈からギリシャ〜トルコ〜イラン〜オマーン〜パキスタン〜インダススーチャ〜アンダマン〜グレートスンダに続くテーチス海のオフィオライト帯が第1級の規模である.そこには,有名な,アフリカ大陸とユーラシア大陸の衝突帯でできたアルプス山脈やインド大陸とアジア大陸の衝突帯でできたヒマラヤ山脈が形成されている.北海道の日高山脈も,北半球をほぼ縦割りにした地球変動帯でできた山脈であり,北アメリカプレートとユーラシアプレートの2つの巨大プレート境界で起こった地球規模の地質イベントとして,もう少し大きな声で魅力を伝える必要がありそうだ.
世界に誇る日高山脈の地質と岩石
世界自慢の岩石標本展示のNo. 1は,何と言っても様似町役場の前庭にある「アポイの鼓動『かんらん岩広場』」だろう.ここには,アポイ岳のかんらん岩をはじめ,日高山脈の代表的な大型岩石標本が,みごとに研磨されて展示されている.日高山脈のジオの魅力を伝える岩石標本展示として,今回のコラムリレーの最終章を飾る役者である.
この野外標本展示ができて12年.万が一にも,まだ見ていない方は,ぜひ足を運んでいただきたい.なお,「かんらん岩広場」の解説パンフレット(pdfファイル)は,アポイ岳ジオパークのホームページのリンクからダウンロードできる.<http://www.apoi-geopark.jp/file/index.html>
さらに,図8は,昨年リニューアルオープンしたアポイ岳ジオパークビジターセンター.ここはアポイ岳ジオパークの拠点施設になっており,その展示解説には大きな力がはいっている.アポイ岳の現地見学をお薦めしたい.
図8 アポイ岳ジオパークビジターセンター.昨年,アポイ岳登山インフォメーションおよびジオ・エコ・人々の歴史をテーマに掲げた展示解説センターとしてリニューアルオープンした.
最後に,日高山脈の地質と岩石の「世界的!」で「魅力的!」な特性を以下の4点に要約し,ジオのすばらしさをまとめておきたい.
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1.日高山脈は,活発に活動する島弧のリソスフェア深部を代表する地質と岩石からできている!
2.その地質と岩石は,上部マントルから地殻浅所の岩石まで規則正しく成層し,連続的に観察することができる!
3.このような地質と岩石が地表に露出している地域は,世界的にめずらしい!
4.その形成年代は新生代(55〜17Ma)で,極めて新しい(若い!).そのために,日高山脈の全ての岩石が,島弧リソスフェア深部でできた時の貴重な学術情報をほぼそのままの形で残している!
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日高山脈の構造的位置関係や山脈成立の地質背景など,さらに専門的に日高山脈のジオに興味をお持ちの方は,日本地方地質誌1「北海道地方」(日本地質学会編,2010)の第1章「北海道概説」(新井田,2010)や第4章「日高衝突帯(日高山脈)の地質と岩石」(小山内ほか,2010)の解説を参照してほしい.
<引用文献>
えりも町教育委員会,1997,えりも町ふるさと再発見シリーズ1「地球を見てみよう!」.えりも町郷土資料館・水産の館(展示解説パンフレット),1-11.
小松正幸・宮下純夫・前田仁一郎・小山内康人・豊島剛志・本吉洋一・在田一則,1982, 日高変成帯における大陸地殻—上部マントル衝上帯の岩石学的構成.岩鉱特別号,3,229-238.
新井田清信,1999,日高山脈:島弧深部でできた岩石.北海道大学総合博物館学術資料展示解説書「北の大地が海洋と出会うところーアイランド・アークー」,22-28.
新井田清信,2010,北海道概説(第1章).日本地質学会(編)日本地方地質誌1「北海道地方」,朝倉書店,1-15.
日本地質学会(編),2010,日本地方地質誌1「北海道地方」.朝倉書店,664p.
小山内康人,1985,静内川上流地域における日高変成帯主帯変成岩類の地質と変成分帯.地質雑,91,259-278.
小山内康人・在田一則・新井田清信,2010,日高衝突帯(日高山脈)の地質と岩石(第4章).日本地質学会(編)日本地方地質誌1「北海道地方」,朝倉書店,115-166.
<ジオラボ_アポイ岳:様似町アポイ岳地質研究所 新井田清信>
次回の投稿は、知内町郷土資料館の竹田さんです。お楽しみに!