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「日高石」の謎 ~岩石の本名とあだ名~【コラムリレー第27回】

突然ですが、人には、複数の名前や呼称、愛称があります。最も身近な例であれば、本名とあだ名でしょう。
本名は戸籍上の名前で、あだ名は親しみをこめて呼ぶための、本名以外の名前であるかと解釈します。実は岩石にもいくつかの名前、呼称をもつものがあります。岩石の場合、本名は岩石名、あだ名は俗称であると考えられるでしょう。

私は博物館に赴任後間もなく、ここ日高の名前を冠する「日高石」と呼ばれる岩石に出会いました。地元の人がいう「日高石」は、岩石の呼び方には岩石名を用いる世界の一端にいる私からすると、いくつもの種類の岩石をそう呼んでおり、そこに法則性があるのかなど、俗称「日高石」は何を指すのか悩んだものです。

博物館2階の図書室に所蔵している「石の俗称辞典」(愛智出版:現在第2版が出版されています)によると、「日高石」は沙流川産の白い縞模様の入る角閃石片岩とのことで、事実、沙流川河原では、この「日高石」はすぐ見つかります。一方、「原色庭石大事典」(誠文堂新光社)には、「日高石」として赤色チャートと思しき岩石写真が掲載されています。この赤色チャートの「日高石」もすぐ見つかります。しかし実際に、ここ日高で「日高石」と呼ばれている岩石を入手し、岩石薄片を作成(詳しくはこちらのコラム)し、岩石学的検討を加えた結果、「日高石」は、先述の岩石の他、珪質頁岩、珪化凝灰岩、変形はんれい岩やトーナル岩質マイロナイト、青色片岩など、さまざまな岩石のことでした(写真1)。

写真1.「日高石」と呼ばれている岩石の一部.
岩石名としては,それぞれ,① 緑色岩,② 珪質頁岩(紺色・光沢・硬質),③ 緑色岩(紫色だが,定義の上では緑色岩),④ 赤色チャート,⑤ トーナル岩質マイロナイト(灰茶色に白の縞模様),⑥変形はんれい岩(グラニュライト相相当の高温条件下で変形), ⑦ 角閃岩~変はんれい岩(淡緑色に白の縞模様),⑧ 珪化凝灰岩(灰緑色・光沢・硬質),⑨ 角閃岩(濃暗緑色に白の縞模様).これらの「日高石」は日高町を流れる河川流域で全て観察可能です.

どうやら、色や模様に関わらず、堅牢硬質で光沢があり、日高で採取できる岩石は全て「日高石」と呼ばれているのかもしれません。ただ、日勝峠付近の花崗岩やトーナル岩は御影石、極めて有色鉱物が多く黒色が強いかんらん石はんれい岩は黒御影、日高近辺によく見られる蛇紋岩はジャモンなどと呼ばれることが多かったようです(写真2)。

写真2.日高石と呼ばれない日高石.
(左)トーナル岩.花崗岩との違いはカリ長石の有無や,マグマ源など多岐にわたるが,見た目が花崗岩と似ているため,花崗岩と同じく御影石と呼ばれることがある.(中)かんらん石はんれい岩.花崗岩に比べて有色鉱物が多いので,黒い御影石ということから黒御影と呼ばれている.(右)蛇紋岩.日高地域ではよく見られる,かんらん岩が低温で熱水を受けてできた岩石.蛇紋岩全てに,表面に蛇の表面のような模様が見えるわけではなく,その成因は簡単ではない.研磨されて鑑賞用となったもの.すべて日高山脈博物館所蔵.

このような例はほかの岩石でも認められます。

有名な「アオトラ」も俗称です。現在は石斧の材料として有名な、一般に濃緑と濃紺の縞模様が特徴の緑色岩の一種(詳しくはこちらのコラム)を指すことが多いですが、青色や暗緑色で光沢ある硬質な珪質頁岩や青色片岩、緑色片岩も「アオトラ」(これらは一部では神居古潭石とも)と呼ばれています(写真3)。また、俗称「アカトラ」は、初めてその俗称を聞いたとき、紅色と白色の縞模様の紅簾石片岩か?とも思いましたが、実物は層状の赤色チャートや赤鉄鉱を多く含む変形した緑色岩や泥岩などでした。赤くて縞模様が見えるので、そのように呼ばれたのだと考えています。

写真3.俗称「アオトラ」の岩石
(左)緑色岩の一種で,石斧の材料などで有名になったアオトラ(日高山脈博物館所蔵).(右)青色片岩の一種で,青色で縞模様が見えるため,アオトラと呼ばれる由縁となった.似たような岩石は,神居古潭でも見られるため,神居古潭石と呼ばれているものもある(日高町役場総合支所玄関に設置).

岩石名は岩石を個別に特定し、対応する言語を用いれば万国共通に使用でき、イメージを共有できます。俗称はそうとは限りませんが、例えば「アオトラ」のように、岩石名より同じイメージを共有しやすいものもあります。逆に俗称が複数あるものは、実物を見るなどしないと、齟齬を生じかねません。例えば、赤色チャートを一方で「アカトラ」、一方で「日高石」と呼べば、お互いに認識を共有し難いのは明白でしょう。

では、それを共有するためには、どのような方法をとることがよいでしょうか。私の考えでは、岩石名と俗称は、一般に思われがちな善悪正誤の関係ではないですので、岩石名を必ず用いると同時に、最近は俗称も用いるようにしています。俗称、すなわちあだ名の多さは、その岩石が広く親しまれている証拠でもありますので、こちらも俗称を心得ることで、認識を共有できることも多いと感じています。俗称と岩石名とのリンクで、お互いに広く認識を共有し、さらに岩石に興味を持ってもらえればと思っています。

(日高山脈博物館 学芸員 東 豊土)