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記憶から紡ぎだされる声—ふるさとの語り部—【コラムリレー第40回】

「祖父の声が残っていないでしょうか・・・」

先日、千葉県在住の方から問い合わせがあった。「帯広百年記念館で刊行している書籍『ふるさとの語り部』に亡き祖父が語ったものが掲載されていることを知り、書籍の購入とともに、音声データが残っていれば、母親に聞かせてあげたい」というものだった。

書籍『ふるさとの語り部』

書籍『ふるさとの語り部』

 

「ふるさとの語り部」は、帯広・十勝の明治期の開拓移住者の体験談を音声で記録・保存することを目的とした事業で、昭和47年から帯広市図書館で始まった。昭和59年から帯広百年記念館が引き継ぎ、博物館ボランティアの協力のもと、聞き取りを行うとともに音声を文字化し、書籍『ふるさとの語り部』を発刊している。明治生まれの方が少なくなってからは、大正、昭和生まれの方へと対象を広げ、各号ごとにテーマを設け特集を組むなどして編集・収録し、第23号まで刊行した。これまでに286名のお話を収録し、聞き取りをした音声はカセットテープに録音されている。カセットテープは経年劣化による音質低下招くため、平成14年〜22年にこれらをMD(ミニディスク)へ再録音し、現在は永久保存するため、博物館ボランティアによってデータ化作業がすすめられている。

『ふるさとの語り部』録音カセットテープ

『ふるさとの語り部』録音テープ

 

依頼者の祖父にあたるのが加藤嘉三郎氏で、昭和61年7月、78歳の時に聞き取りが行われ、平成5年刊行の第9号に掲載されている。加藤氏は明治41年福井県朝日市に生まれ、大正8年に父母とともに帯広へ移住した。同年、父・嘉三郎氏が「加藤家具店」を創業。加藤氏は大正14年に入店、昭和36年に二代目・嘉三郎を襲名し社長に就任した。

録音された音声を聞いてみると、加藤氏が帯広に移住してきたときから、戦中の物価統制や資材不足、戦後の混乱を経験し、社長として店を発展させてきたこと、当時の帯広の街や人びとの様子を語っている。この声を、依頼者であるお孫さんや娘さんはどのような思いで聞くのだろうと想像し、待ちきれない思いで書籍と音声データをお送りした。

後日、お孫さんから喜びのお返事をいただいた。加藤氏は満100歳を迎える直前で亡くなり、離れて暮らしていたため思い出も限られていたという。『ふるさとの語り部』を読み、声を聞きながら、母親と思い出を分け合い、懐かしむことができたようだ。

開拓期の体験談、帯広・十勝のあゆみを語る「声」は、私たちに当時のようすを伝えてくれる。記憶から紡ぎだされる声を聞くと、写真などの資料からだけは知り得ない、当時を生きる人びとの想いまでをも感じることができる。親類の方にとってはもちろんかけがえのないものであり、地域にとっても保存すべき貴重な遺産といえる。博物館として、この形のない地域の遺産を後世に残していきたいとあらためて感じた。

帯広百年記念館 学芸員 伊藤彩子