JR八雲駅から徒歩8分程度。八雲町市街地の中心部に梅村庭園がある。真ん中に池があり、周りには築山や枯山水、そして多くの樹木が配置され、池の周りを歩いて回って楽しむことができる、池泉回遊式庭園だ。この形式は北海道では珍しく、八雲町指定文化財であり、北の造園遺産にも登録されており、町民の憩いの場となっている。
そもそも梅村庭園は、八雲町に入植した旧尾張藩士の子息、梅村多十郎氏が、屋敷の庭として造園したものである。梅村氏は、愛知県東春日井郡和爾良村から八雲町砂蘭部に移り住み、でんぷん製造や菓子製造、質屋業などを営んで資金を貯め、明治34年には農業をやめて市街地に移り菓子商、古着商、呉服太物商、倉庫業などを営んだ。明治39年からは八雲村会議員に選ばれ、昭和9年まで議員を続けた。中学校建設の際には建設費7万円のうち1万円を提供し、消防団の活動にも尽力され、八雲の名士であった。
明治45年、梅村家別宅のあった現在地に、母屋、洋館、蔵、離れからなる住宅を建てるとともに、造園にとりかかった。それまでこの辺りは谷地であり、地下水も豊富で農地にならなかったが、池を掘り、近隣の樹木や石を配置し、大正12年には有名な造園師・野中松太郎氏の手が加えられ、完成したのは昭和5年ごろだった。石橋がかかり、当時としては珍しかったコンクリートの灯篭が設置され、現在に至る基礎がつくられた。
個人邸宅の庭園だったが、裏門から庭に入ることができ、町民も利用することができていた。昭和58年に八雲町指定文化財となり、平成13年には梅村家のご厚意により町が譲り受け、整備をして平成15年に梅村庭園としてオープンさせた。この整備によって、車イスでも池の周りを一周できるよう新たに橋が架けられ、痛みが激しかった母屋の代わりに休憩施設の梅雲亭が残っていた離れと蔵をつなぐように建てられた。
現在は4月末から山桜が、5月末にはツツジと俗にいう春紅葉が、6月にはサツキが、7月には睡蓮・アジサイが、10月には紅葉が、12月中ごろから3月まで雪景色と、四季折々の景色が楽しめる。現在では大きく成長した杉は、梅村氏が自分の山林の木の成長を知るために植えたもので、珍しいポポの木は中国旅行の際に持ち帰ってきたものだという。
造園開始から100年以上が過ぎ、風雨と雪とにさらされてきた植物や構造物には、痛みが生じ始めている。寿命を迎えつつある樹木、雨などで流れた土の補充、割れ始めた石製品、これまで生えていなかったゼニゴケの範囲拡大…庭園は生き物であり、その世話はかかせない。町民に親しまれているこの庭園を、昔の面影を保ったまま維持し、次の代へ伝えていきたい。
(八雲町郷土資料館 学芸員 大谷茂之)