根室市、春国岱、第一砂丘のハマナス群落は国内最大級。初夏、海岸沿い3kmにわたり、ピンクの花が咲く様子は根室を代表する景観として親しまれていました(写真1)。ハマナスは樹高50cm~1mのバラ科の植物、その繁みは鳥達の子育ての場にもなっていました。近年、この春国岱のハマナス群落に異変が起きています。ハマナスの樹高が15~20cmにまで矮小化してしまっているのです。ハマナスを観察すると枝にはかじられた跡、周辺にはコロコロした糞と足跡、エゾシカの仕業です。ハマナスは枝に棘があり、本来エゾシカが好んで食べる植物ではありません。雪の少ない根室はエゾシカの越冬地で、冬期にエゾシカが集まってきます。近年の個体数増加によって、その数は春国岱を含む野付風蓮道立公園内だけで数千頭にのぼります。餌の少ない冬に高密度で集まるため、餌が不足しハマナスを食べるようになったと考えられます。エゾシカの採食によりハマナスの矮小化し、第一砂丘の植生は大きく改変され、鳥たちも姿を消してしまいました(写真2)。
春国岱第一砂丘のかつての姿を取り戻すためにできることはないか?当然、エゾシカの数を減らすのが最良の策です。道を中心に捕獲事業が行われていますが、急激に数を減らすのは難しく、時間のかかることです。しかしエゾシカの数が減る前に、ハマナスは消失するかもしれません。そこで、日本野鳥の会、市農林課、歴史と自然の資料館合同で『エゾシカの採食圧を防除すればハマナスは回復するか?』を調査・検証することにしました。群落内に2m四方の調査区を4ヶ所作り、2ヶ所は高さ2mの防除柵を設置した『防除区』、もう2か所は柵を設置しない『対照区』とし、ハマナスの樹高を定期的に計測、比較しました。調査開始時の2013年7月、ハマナスの樹高は両調査区ともに平均約20㎝でした。しかし、1年半後の2014年11月の調査では防除区の平均樹高は約30㎝で、エゾシカの採食圧をなくすことで10cm近く樹高が回復、一方、対照区の平均樹高は18㎝と開始時より低くなっていました(図1参照)。また、対照区のハマナスは冬期に樹高が大きく減少し、予測通り、餌資源の少ない冬期に、エゾシカの採食圧が高くなることがわかりました(写真3、図1参照)。
エゾシカの採食を除去すればハマナスの樹高が回復することがわかりました。しかし、昆虫や鳥も含めた生態系全体の回復を評価するために、まとまった面積で調査する必要があります。また、このまま採食され続ければハマナスが消失してしまう可能性も調査結果から示唆され、対処療法として、まとまった面積でハマナス群落を保全し、部分的にでも春国岱本来の姿を維持する必要があると考えられます。大規模な保全活動を行うには多くの方の協力が必要になってきます。そこで根室の自然を考える任意団体、根室ワイズユースの会と協力し、北海道環境財団の助成を受け、第一砂丘に25m四方の防除区を5基設置し、ハマナス群落の回復、保全を図るプロジェクトをスタートさせました。柵設設置を行った2014年10月には、ワイズユースの会をはじめ、官民問わず多くの方が集まり、作業が行われました。設置された防除柵を用いて、ハマナスを含めた植生が回復するのか?昆虫や鳥たちは戻ってくるのか?を、柵を設置しない対照区と比較しながらのモニタリング調査を行っています。調査を開始し1年目の昨年、防除区のハマナスの樹高・植物の被度は順調に回復しています(写真4)。さすがに1年目で鳥たちは戻っては来ませんでしたが、これからも継続し調査を行い、多くの人たちに親しまれた春国岱のハマナス群落を次の世代に残していけるよう活動していきます。
根室市歴史と自然の資料館 学芸員 外山雅大