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小樽海岸の自然【コラムリレー第37回】

岩塔が立ち並ぶ赤岩地区の海岸

岩塔が立ち並ぶ赤岩地区の海岸

小樽市は約70 kmにおよぶ長い海岸線を持つまちで、その長さは北海道の人口10万人以上の都市では函館市に次ぐものである(平成16年の合併以前は小樽市の方が長かった)。

「港町」のイメージが強い小樽だが、海岸には道路や建物などの人工物は意外と少なく、約60%が護岸などがない自然海岸である。小樽水族館のある祝津地区から余市町との境界付近の忍路・蘭島地区までの約23 kmはニセコ積丹小樽海岸国定公園の特別地域に指定されている。

美しく自然豊かな海岸線は行楽の場として、そして信仰の場として古くから市民に親しまれてきた。また小樽運河などの歴史的景観が評価される以前は、小樽市の観光の目玉とは風光明媚な海岸線の風景だった。祝津を「海の会場」として開催された北海道大博覧会(昭和33年)の前後は、小樽海岸の観光開発が特に活発に議論された時期であり、大規模な観光道路の構想なども持ち上がった。しかしブームは短期間で過ぎ、過剰な開発が行われなかったことで豊かな自然が現在も受け継がれている。

海食崖の続くオタモイ地区の海岸

海食崖の続くオタモイ地区の海岸

小樽の海岸は希少生物の生息地としても重要な場所である。祝津から蘭島まで高さ100 ~200 mの海食崖が続くが、この地域には岩礫地に生育する特殊な植物が多く、エゾマンテマ、キキョウ、イワヨモギ、ピレオギク、チャボカラマツ、コジマエンレイソウなど絶滅危惧種に指定されている種も少なくない。

中でも有名なのがオショロソウ(忍路草)の別名があるバシクルモンである。バシクルモンは高さ70 cmほどになるキョウチクトウ科の多年草で、7月にピンク色の花が咲く。北海道から本州の主に日本海側に分布するが、生育地は限られ、絶滅のリスクも増大していると考えられている。小樽の海岸には数カ所の群生地があり、タイプ標本の産地でもある忍路の兜岬(かぶとみさき)は、古くから特に有名な産地の一つである。兜岬には現在も多くのバシクルモンが生育し、岩の割れ目に沿って直線的に株が並ぶ特異な群落を見ることができる。

バシクルモン(オショロソウ)

バシクルモン(オショロソウ)

岩の割れ目に直線状に形成されたバシクルモンの群落

岩の割れ目に直線状に形成されたバシクルモンの群落

また独特な昆虫も生息している。エゾチッチゼミという小型のセミは日本では北海道にしか分布しない北方系のセミで、小樽と洞爺湖を結んだ線が分布の西限だと考えられている。小樽は分布の末端というだけでなく多産地としてもよく知られ、特に赤岩や忍路などの海岸に多い。エゾチッチゼミはツツジ類の生枝に産卵することが知られているが、小樽海岸では岩が露出した崩壊斜面にオオバスノキなどツツジ科の低木が多く、このような環境がエゾチッチゼミの生息に適しているのだと考えられる。

またオタモイ地区の森林内に見られるシラキトビナナフシも興味深い昆虫である。シラキトビナナフシは体長45 mm程の細長い昆虫で、北海道の昆虫の中では大型の部類に入る。小樽では2012年に始めて発見されたが、これほど大きな昆虫が最近まで見つからなかったのは驚きである。ナナフシ類は温暖な地域に分布する昆虫で、北海道では唯一シラキトビナナフシが分布するが、道内での生息地は渡島半島の南端部と日高山脈の西麓周辺、そして小樽を含めた西部の日本海岸に限られ、分布域はきわめて局地的で不連続的である。北方系のエゾチッチゼミと暖地系のナナフシ類の混生はこの地域の生物相の特徴の一端を示しており、また地域の自然史を明らかにする上でも興味深い存在と言える。

オタモイ地区に生息するシラキトビナナフシ

オタモイ海岸に生息するシラキトビナナフシ

美しい風景と珍しい生物が魅力的な小樽海岸の自然だが、切り立った崖を迂回して浜辺に近寄れる場所は限られており、その懐に分け入るのは意外と難しい。かつては波打ち際まで降りる道がいくつかあったが、多くは落石の危険によって通行が禁じられている。一方、海辺ぎりぎりを走る函館本線の車窓からは張碓から朝里までの海岸の自然を間近に見ることができる。岩礁に遊ぶ海鳥を見るのもいいが、山側の崖地を流れ落ちる滝や、植物を見るのも面白い。

(小樽市総合博物館 学芸員 山本亜生)