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峰延獅子舞【コラムリレー第41回】

近年、多くの民俗芸能が後継者不足に悩み、休止を余儀なくされている。慢性的な後継者不足のみならず、東日本大震災ではひと、もの、場所すべてに打撃を受けるなど、芸能の断絶は突然にも起こりうる。貴重な地域の文化財である民俗芸能が失われつつあるのは北海道も例外ではない。

そんな中で、美唄市峰延町に伝わる峰延獅子舞が約10年の休止期間を経て復活した。これは単純に喜ばしく思うとともに、今後無形の文化財を考える上でたいへん重要なことである。

歌舞裸まつりでの上演

峰延獅子舞:歌舞裸まつりでの上演

峰延獅子舞は、明治30年に、富山県東砺波郡高瀬村字森清(現在の南砺市)から宮浦喜太郎氏によって持ち込まれた。辛い開墾に携わる生活に潤いを持たせるために故郷の獅子舞を再現しようと考えた氏が、自費で道具を取り寄せ、部落の若者に教えたのが始まりといわれる。数人で演じる百足獅子舞であり、カヤと呼ばれる胴に竹の輪が入っているのが特徴である。また、獅子と相対して舞う(戦う)役は子どもが担う。太刀や薙刀などの武器を持ち戦うという形をとることから、「獅子を獲る舞」と呼ばれている。

昭和46年には美唄市の無形民俗文化財に指定された。以来、伝承元の森清獅子舞保存会と交流しながら継承が続けられてきたが、平成17年に保存会が峰延中学校へ技芸を伝承したものの、その後、保存会会員の高齢化や地域での後継者不足により休止状態が続いた。

空知神社境内での舞

峰延獅子舞:魂入後の空知神社境内での舞

しかしながら、地元住民の要望もあり、平成26年に峰延まつりで復活する。平成27年には美唄市で「峰延獅子舞復活プロジェクト」が発足し、地域に残る貴重な文化財として後世に伝えていくために、地元小中学生を中心に参加を募ることとなった。同年9月には伝承元の南砺市に子どもたちの代表を派遣し交流するとともに、11月には獅子舞シンポジウムが開催されている。また、獅子頭を新調し、今年8月6日に新しい獅子頭の魂入(たまいれ)式が美唄市の空知神社で行われ、同日歌舞裸まつりでお披露目された。獅子頭は、古い獅子頭が作られた富山の工房で職人により基本的に同様に作られ、古い獅子頭は郷土資料館に納められることになっている。資料館で展示されることにより、広く市民にも存在を周知できるのではないかと期待している。

ダイナミックな獅子の動き

ダイナミックな獅子の動き

芸能は世の中に応じて盛衰を繰り返してきた。従って、民俗芸能は、全て残さなくてはならないとか、復活しなくてはならないというのではない。が、ときどきは地域を思う芸能に触れることができればと思う。そのためには人の手による継承が最善だろうが、せめて記録に残しておきたい。では記録はどうとればよい?ということで、毎度どうしたものかと念仏のように唱えている次第である。

新しい獅子頭

今回新調された獅子頭

ちなみに、獅子座のσ星(4等星)には「Shishimai」という名がついているらしい。

北海道教育大学 角美弥子