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秘境に息吹く丸山噴泉塔群【コラムリレー第26回】

1980年8月8日、渕瀬一雄氏と印銀信孝氏は地質調査のため上士幌町の丸山(標高1691m)に登った。二人は無事登頂を極めたが下山の途中で道に迷い、沢を探すうちに偶然にも乳白色の沼と噴泉塔を発見した。この発見をきっかけに同年10月には有志8人の探検隊が編成され、初めて白色沼と噴泉塔の位置や写真が新聞に報じられた。今回は上士幌町指定文化財である丸山噴泉塔群について紹介する。

丸山噴泉塔発見の記事(1980年10月7日、十勝毎日新聞)

丸山噴泉塔発見の記事(1980年10月7日、十勝毎日新聞)

噴泉塔群がある丸山は1991年に指定された東大雪地域唯一の活火山で、山頂付近には北西から南東方向にかけて大小12個以上の火口が存在する。地層の層序と古文書の調査から、第1火口は1898年12月3~6日に水蒸気爆発を起こしたことが明らかになっている。現在も噴気活動を続ける第3火口では、地温が高く硫黄も生成されている。丸山噴泉塔群は丸山山頂から南東1.3kmの爆裂火口(標高1120m)に形成されている。

丸山と噴泉塔群の位置図(荒牧ほか(1993)に加筆)

丸山と噴泉塔群の位置図(荒牧ほか(1993)に加筆)

丸山噴泉塔群は、約23℃の鉱泉から炭酸カルシウムが沈殿し成長した大小約20個の「噴泉塔群」、無数の炭酸ガスが湧き出す長径約70mの「白色沼」、そして白色沼から流れ出た鉱泉から炭酸カルシウムが沈殿・堆積した「石灰華台地」の3つの地形から成る。火口底から湧出する鉱泉は、雨水などに涵養された地下水に火山ガスが混入したもので、周囲の岩石からカルシウムなどを溶かし込んでいると考えられている。白色沼に生物は確認できないが、面白いことに噴泉塔の周囲にはチャツボミゴケという鉱泉や温泉地に分布するコケ類が生育している。

丸山噴泉塔群

丸山噴泉塔群

噴泉塔の周辺に生育するチャツボミゴケ群落

噴泉塔の周辺に生育するチャツボミゴケ群落

最も大きな噴泉塔は、1980年の発見当時で高さ154cm、2010年の調査では高さ276cmまで成長していることがわかった。つまり30年間で122cmも成長していることになる。噴泉塔の成長は断続的で平均成長速度は1年に4cm、1984~1990年の最盛期には1年に6~7cmも成長しており、「成長する白い塔」として知られている。丸山噴泉塔群のように成長が早く高さ2mを超えるものは珍しいとされる。成長する噴泉塔の湧出口から鉱泉が染み出す光景は神秘的である。高さ276cmの噴泉塔は、表面が風化するとともに成長の痕跡や湧出口が確認できないことから、既に成長を終えているのだろう。尚、別の塔からは鉱泉が染み出しているため今後の成長が期待される。

成長する噴泉塔

成長する噴泉塔

塔から湧出する鉱泉

塔から湧出する鉱泉

では、丸山噴泉塔群はいつ頃から成長し始めたのだろうか。先ほどの成長速度から逆算すると、噴泉塔群は1940~1960年頃に成長を始めたことになり、最近形成された地形であると推察される。近年、1980年8月の噴泉塔発見よりも前にこの地を訪れていた人物が明らかになった。それは地質調査所の菊池徹氏と五十嵐昭明氏の調査隊である。彼らは1953年7月に丸山山頂付近にある鉱床調査のためこの地を訪れていたのだ。ちなみに菊池氏は丸山調査の3年後に第1次南極地域観測隊に選抜され、タロ、ジロをはじめとするカラフト犬の世話を担当している。そう、彼は映画「南極物語」、TVドラマ「南極大陸」のモデルになった人物である。話を戻すと、彼らが1953年に撮影した写真には白色沼はあるものの、手前にあるはずの噴泉塔が確認できない。つまり噴泉塔群は1953年には未だ出来ていなかったのである。したがって噴泉塔は1953年以降に成長し始めたことになり、この時期は塔の成長速度から算出した年代とも合致する。

1953年7月撮影された白色沼(菊地・五十嵐 1954)

1953年7月に撮影された白色沼(菊地・五十嵐 1954)

今回紹介した丸山噴泉塔群は、12個以上ある丸山の火口のひとつにすぎない。丸山には他にも石灰華台地、赤い沼、赤い滝、苔の滝など、不思議な地形が多く確認されている。東大雪地域は未だ謎が多く秘境の地である。

<ひがし大雪自然館 学芸員 乙幡康之>