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エゾシカと動物園と私たち【コラムリレー第25回】

もう10年以上も前のことになるが、飼育員になって初めて担当したのがエゾシカだった。

2009年に「エゾシカの森」という新展示施設が完成。担当はその前から。

このコラムリレーの22回目で、おびひろ動物園の杉本さんがエゾシカのことを書いているが、ネタが重なってしまうのはお許しいただきたい。テーマが「地域の遺産」となれば、私にとってエゾシカをネタにしないわけにはいかない。それほど素晴らしい動物であることを飼育員になりたてのぺーぺーだった私(まだまだペーペーだけど…)に彼らが教えてくれた。

飼育担当となった当初は、「動物園なんだから、やっぱりライオンやキリンとかを担当したいな~」と、今となればエゾシカたちに大変失礼なことを思っていた。しかし、動物園の先輩たちから「エゾシカをちゃんと飼育して、そしてお客様に見せられないなら、他の動物だって任せられないぞ!」と言われて考えを改めた。飼育員として6年半、彼らと関わらせてもらったが、その彼らに向き合えば向き合うほど「なんてスゴイ生き物なんだ!」と驚かされた。私の飼育員としてのキャリアを形成してくれたのは間違いなくエゾシカたちで、私にとってはとても偉大な『動物園の先輩』だ。

「男のかっこよさ」を教えてくれた偉大なる先輩・治夫さん。

エゾシカたちの飼育展示施設で仕事をしていると、お客様からいろんな声を聞いた。その中で、「エゾシカなんて見飽きたよ。」とか「こんな憎たらしい動物いないでしょ。」など、ときには耳あたりの良くないものもあった。

エゾシカの生息数の増加やそれによる影響などについては、例えば「北海道環境生活部 環境局 エゾシカ対策課」のWebページなど、他に詳しく掲載されているのでここでは割愛する。増えすぎたエゾシカたちによって、彼らは今、北海道でもっとも普通に見られる野生動物の一種と言えるだろう。さらに、彼らによって生じている影響は、このコラムをお読みの方も見聞きしたり、実際に経験されたりした方もいるだろう。動物園でエゾシカたちに「見飽きた」とか「憎たらしい」という言葉が発せられるのは、それだけ彼らが身近になってしまったということかもしれない。

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知床のキャンプ場に堂々と現れたエゾシカの親子。

しかし、私は飼育担当者として「見飽きた」ということは一度もなかった。

春、冬毛が抜け美しい鹿の子斑が現れてくる。オスは角を落とす。
夏、華やかな北海道の森に鹿の子斑がますます映える。メスは仔を産む。
秋、夏毛が抜け無地の冬毛が生える。オスの角が完成し、恋の季節を迎える。
冬、厳しくも美しい真っ白な北海道の森に、無地の冬毛がシックに映える。

冬、夕暮れのエゾシカ。 幻想的な姿を何度も眺めた。

文字にしてしまうと、とても安っぽい表現しかできなくて悔しい。とにかく、エゾシカたちは四季折々、さまざまな瞬間で素晴らしい姿や行動を見せてくれる。

動物園では、食害を受けた農家のお宅に来園者とともに視察するイベントも行った

「憎たらしい」かもしれない。
丹精込めて作った菜園や庭を食害され、悔しい思いをした人がいる。
農業を営んでいる人にとってみれば、農作物の食害は死活問題だ。
エゾシカとの衝突で死亡事故だって起きている。
北海道の豊かな自然への影響も、今後どうなっていくのだろうか。

でも、そうなってしまった原因の一端が私たち人にあるはずだ。
しかし、原因からの、これからの結果を少しでも良いものにできるのは、北海道に暮らす私たち人でもある。

北海道の未来をエゾシカと来園者と考えていきたい。

私はエゾシカの飼育員だった者として・・・いや、北海道に暮らす者として、
地域の遺産・・・いや、我が国・日本国の遺産であるエゾシカたちとともに、
北海道の豊かな大地を後世まで残す責任があると思っている。

旭川市旭山動物園 奥山英登(個人ブログ