昆虫の研究者にとって、捕虫網(虫採り網)は無くては始まらない必須の道具と言えます。私達が使う網と子供用との大きな違いは、柄・網枠・ネットの3つのパーツに分かれていることです。目的によってその組み合わせを変え、使い勝手の良い自分用の網を用意します。研究対象が違えば、研究者が使用する捕虫網も千差万別です。今回は私のケースについてご紹介しますが、専門の違う、いろいろな方のこだわりについてもこのコラムで読んでみたいものです。
私が研究対象にしてきたのはカメムシの仲間で、特に高い木の上にすむ樹上性の種類に興味を持ってきました。そのような虫を狙うためには数メートルから10メートル程の「長竿」が必要です。長い柄の先に取り付けた網を梢にかぶせ、激しく揺すって、葉や花、実に潜む虫を網の中に落とし込みます。
こうした作業を一日に何百回と繰り返すので、捕虫網の柄は軽くて丈夫でなければなりません。また適度な「粘り強さ」が重要で、グニャグニャ曲がるようなものは駄目です。力が効率よく先端に伝わる良い柄を使うと、確実に狙った虫を落とせるだけでなく、疲労も軽減されます。
私が使っている柄はカーボンファイバー製で、伸ばすと5 メートルになるものです。カーボン製は軽く優れた靭性がありますが、落雷や感電に注意する必要があります。昆虫採集用として市販されているものもありますが、専ら磯釣り用の製品を使っています。
柄の先端に取り付ける網は、枠とネット(袋状の布)を別々に選びます。蝶やトンボなどの採集には、軽くてコンパクトに収納できるスプリングネットと呼ばれる網枠が好まれますが、私は梢や茂みを叩いたり薙ぎ払うような使い方をするので、歪まないがっちりした製品を使います。
このような場合、金具で折り畳める「四つ折り枠」が定番ですが、ハードに使い込むとガタが来ることが多いので、折り目の無いワンフレームの枠を愛用しています。サイズは直径50 cm。畳めないので嵩張り、乗り物で移動する時は苦労します。しかし金具がガタガタするのはストレスを感じるので、ワンフレームの枠はとても気に入っています。素材は強度と重量のバランスが良いチタン合金のものを使っています。これも釣具店で購入します。
最後に網枠に取り付けるネット。一般的に色は白ですが、風景に溶け込む緑色もよく選ばれます(一部の昆虫は逆に引き寄せられる)。また赤や青のネットは、花を訪れる昆虫を誘引する効果があるため、上空を飛ぶ蝶などを採集する時に欠かせません。私は飛んでいる昆虫を追いかけることはあまりしないので、色付きは使わず、網に入った小型の虫がよく見える白いものを使います。
ネットを選ぶ際、第一に重要視するのが耐久性です。布地が弱かったり縫製がよくないものは、数回使っただけでボロボロになってしまうことがあります。しかしこの点で満足できる製品は意外と少ないのです。長年愛用しているものは残念ながら最近製造が終了してしまいました。代わりの良いものが見つかるか、とても心配しています。
捕虫網は昆虫の研究では必須の道具と書きましたが、実際は、ほとんど使う機会のない研究者も少なくありません。昆虫の習性を利用したトラップ(罠)は効率がよく、量的な分析ができることから様々な研究で重要視されます。トラップを使用した研究では網の出番はほとんど無いこともあります。
そもそも網では採集が困難な昆虫も多く、このような昆虫は研究が遅れ気味なこともよく指摘されています。カメムシの世界では、木の幹の上で生活する種類が最近注目されていて、これらは網に頼らず根気よく目視で探すことが重要だと言われています。
小樽市総合博物館 学芸員 山本亜生