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採集植物をはこぶ「胴乱」【コラムリレー06 第5回】

胴乱を下げて植物採集をする人々(帯広市緑ヶ丘公園)

 植物の分布や形態の違いを調べ、その記録としてカタチを保存するために、植物の調査研究ではよく標本をつくります。植物を採集して新聞紙に挟んで吸水・乾燥し、採集情報を記したラベルと共に台紙に貼って固定するものです。

 標本を製作するために、野外へ出かけて植物を採って来ることを「植物採集」と言います。歩きながら、気になった植物を次々と採集し、一定量の採集植物がたまったら、それらを新聞紙に挟んで、乾燥作業に入ります。

 植物標本の歴史は古く、16世紀のヨーロッパでは既に押し葉標本が作られていたとされます。当然、当時の人々も植物採集をしたはずですが、採集した植物はどのように運んでいたのでしょうか?いまならビニル袋に入れて運ぶのが一般的です。しかし、昔はビニル袋などありませんでした。

 そこで、植物採集の専門用具として開発されたのが「胴乱」です。ひとことで言うと「缶」。採集した植物を入れて運ぶためのブリキの缶です。かつて植物の採集をする人々は、みなこの胴乱を愛用していました。

武田式胴乱。このほかにも牧野式など、いくつかのタイプがある。
世界最初の胴乱が、どこでいつ開発されたのかは不明。

 フィンランドの有名な童話にムーミンという作品があります。ムーミンの登場人物のなかに「植物採集家のヘムル」(日本のアニメではヘムレンさんと呼ばれる)という人物がいます。挿絵をみると、やはり胴乱を下げています。著作権の関係でここにその挿絵を掲載できなくて申し訳ありません。しかし、胴乱は植物採集の象徴として、世界中でながく愛用されてきたのです。

 いま、植物採集で胴乱を使う人はほとんどいません。マイクロプラスチックが世界的な問題になるくらい、ビニル袋が普及したからです。大きくてかさばる胴乱は敬遠されるようになりました。また、胴乱を下げていると、いかにも植物採集をしているという外見になることから、目立つのを嫌う人もいます。学校の理科室からも胴乱は姿を消していき、逆に博物館へ歴史資料として入ってくるようになりました。

 しかし、私はいまも胴乱を愛用しています。ビニル袋を突き刺してしまうようなトゲや枝があっても、丈夫な胴乱ならば大丈夫なこと。胴乱に入るような大きさが、あとで新聞紙に挟む大きさなので、現地でサイズを調整できること。胴乱がいっぱいになった位でいったん採集を休憩にし、新聞紙に挟む作業へ移るという目安になること。これらが、いまも胴乱を使いつづける主な理由でした。

 最近、これも理由として大きいなと思うことがもうひとつできました。それは、敬遠される理由にもなっている、「目立つ」ということです。

 腰に刃物(採集用の根掘りやナイフ)を下げた人物が、なにやら山野をウロウロとしている。最近では、不審人物や山菜泥棒として通報されることも少なくありません。それならば、いっそ最初から堂々と植物採集=調査研究をしているのだという格好をしていた方が、むしろ怪しまれずてっとり早いような気が・・・。

 もっとも、最近では胴乱が何の道具だか知らない人が多く、警ら中の巡査から「その大きな缶はなんですか?」と呼び止められることもありますが。

<浦幌町立博物館 持田誠>