シマフクロウという鳥をご存じでしょうか。日本では北海道の限られた地域だけで見られる世界最大級のフクロウです。ちなみにシマフクロウの「シマ」は「蝦夷ヶ島」つまり北海道のことで、シマシマ模様のフクロウという意味ではないようです。シマフクロウは、かつては北海道全域に分布していたらしく、19世紀には札幌市内や函館近郊でも記録されています。しかし、その後シマフクロウは絶滅寸前まで減少し、1971年には国の天然記念物に指定されました。近年の保護活動により個体数は徐々に回復していますが、2018年の推定でも165羽程度にとどまっています。
シマフクロウはフクロウの仲間としては珍しく魚を主食にしており、川沿いの縄張りで生活しています。ある地域にシマフクロウが住めるかどうかは縄張りの中でどれだけの魚が獲れるかにかかっていますが、北海道の多くの川では魚の量が足りていません。そのため、親鳥の4分の1は人からの給餌を利用して子育てをしています。北海道では開拓期以来、川の護岸や直線化などの改修が盛んに行われてきました。自然の川では、蛇行の外側に淵、内側に浅瀬や州、川岸の樹木が伸ばす枝で日陰が生まれるなど、さまざまな環境が同居しています。しかし改修によって、豊富な魚類を支えるこうした川の多様な環境が失われてしまいます。ダムの建設もまた川の環境に大きな影響を与えます。ダムには用水確保のためのもの、発電や治水を目的とするものなどがありますが、いずれも上流と下流の魚の移動を遮ってしまいます。北海道には約200基以上の大型ダムに加え、1000基を超える砂防ダム、数万基にのぼる治山ダムが設置されています。サケの仲間のように海と川を行き来する魚は特に大きな影響を受けます。海で成長し産卵のために川を上るサケの仲間は、ダムによる障壁に加えて河口付近で大半が漁獲されているために、野生動物が上流で食べられる量は少ないのが現状です。
シマフクロウが減少したもう一つの原因は巣をつくるための木の不足です。シマフクロウは、川に近く直径が1メートルになるような大木にできた樹洞で子育てをします。しかし、そういった条件のそろった木の多くは開発によって伐採されてしまいました。そのため、現在は約8割の親鳥が、人が設置した巣箱を利用して子育てをしています。このように、シマフクロウが減少した原因は、食糧難と住宅難が同時に押し寄せたことだといえます。保護活動での給餌と巣箱の設置によって子育ての成功率が大きく上がったことも、このことを裏付けています。
最新のDNA分析による研究の結果、シマフクロウはもともと北海道の地域間を自由に行き来していたことが明らかになりました。しかし、現在では各地域は孤立しており、近親交配や遺伝的な多様性の低下が進んでいます。今後の長期的な保全のためには、食料と営巣木の確保に加えて、小さな島のような生息地をつないでいくことも必要になるでしょう。
<北海道博物館 学芸員 表渓太>
(参考文献)
早矢仕有子 1999 「北海道におけるシマフクロウの分布の変遷―主に標本資料からの推察―」『山階鳥類研究所研究報告』山階鳥類研究所 31:45-61
玉手剛、早尻正宏 2008 「北海道における河川横断工作物基数とサクラマス沿岸漁獲量の関係」『水利科学』水利科学研究所 52(2):72-84
Takeshi Takenaka 2018 Ecology and conservation of Blakiston’s fish owl in Japan. Futoshi Nakamura Biodiversity conservation using umbrella species. Springer Nature 19-46
Keita Omote, Chizuko Nishida, Takeshi Takenaka, Keisuke Saito, Ryohji Shimura, Satoshi Fujimoto, Takao Sato, Ryuichi Masuda 2015 Recent fragmentation of the endangered Blakiston’s fish owl (Bubo blakistoni) population on Hokkaido Island, northern Japan, revealed by mitochondrial DNA and microsatellite analyses. Zoological Letters 1:16