6,600万年前—まだ、人類が誕生する前のはるか昔—突如として、地球上に大きな変化をもたらす出来事が起こりました。直径約10km(!)にもおよぶ小天体が、現在のメキシコ・ユカタン半島付近に衝突したのです。この衝突の影響により、恐竜(鳥類を除く)やアンモナイト類などが全滅し、浅海に住む海洋プランクトンの浮遊性有孔虫、石灰質ナノプランクトンや浅海に住む動物の大多数の種が絶滅しました。
実は、この頃の地球の変化の記録を残す地層が、北海道十勝郡浦幌町(白糠丘陵地域)に分布しています。特にモカワルップ川沿いには、世界各地の小天体衝突の影響によって堆積した粘土層に対比される、黒灰色の地層が露出していることが、北太平洋地域で唯一知られています。この地層に関するお話は、前回のコラムリレー「地層に刻まれた太古の記憶:厚さ数メートルに眠るドラマ」で紹介しているので、ぜひ、そちらもご覧いただければと思います。
そのコラムの最後に少しだけ触れていますが、2012年8月、小天体衝突の直前と考えられる地層から、初めてアンモナイト類の化石が発見されました。今回は、そのアンモナイトについて紹介したいと思います。
産出したアンモナイト類は、ディプロモセラス シリンドラセアム(Diplomoceras cylindraceum)とよばれる種類に同定されました。水道管のようなチューブが、クリップのように曲げられた形をしています。学校の教科書や図鑑などで良くみられる平面螺旋状に巻いたアンモナイト(「正常巻アンモナイト」といいます)とは違いますが、これもれっきとした(?)アンモナイトです(「異常巻アンモナイト」といいます)。この種類は、まず殻の巻き方がクリップ状になっていることと、肋とよばれる殻の表面にみえるキザキザの間隔が、成長しても常に一定であることが特徴です。
ちなみに、写真のアンモナイトは形がきれいに残されているように見えますが、発見された当時はすでに風化の影響を強く受け、発掘する際にバラバラになってしまいました。それらをジオグソーパズルのように、少しずつ時間をかけてつなぎ合わせたものがこの化石になります(結構つかれました…)。
話を戻しますね。
ディプロモセラス シリンドラセアムは世界中からその産出が報告され、しかも小天体衝突の影響によって絶滅したアンモナイト類の一種であると考えられています。
そこで今回産出した化石が、一体どのくらい前の地層だったのかを推定してみました。
モカワルップ川沿いの地層では、地磁気の逆転現象を利用した古地磁気層序学とよばれる研究がなされており、その結果から、小天体衝突の影響によって堆積したと考えられる粘土層(6,600万年前)から45m下の地層の年代が、約6,837万年前であったと考えられました。その位置と粘土層との間の地層が均質な泥岩層であったことから、平均的に地層が堆積したと仮定して、化石が産出した位置(粘土層から15 m下)の年代を推定した結果、約6,680万年前であったことがわかりました。このことから、北太平洋地域では、少なくとも小天体衝突の約80万年前までは、ディプロモセラス シリンドラセアムが生息していたと考えられます。今回の研究成果により、この種類が北太平洋地域においても、生物の大量絶滅を引き起こした小天体が地球上に衝突する直前まで生息していた可能性が高いことが初めて明らかにされました。
一見すると何の変哲もないモノでも、それを詳しく調べ、その価値をみなさんに知ってもらうことで、地域の「宝」にしてもらいたい—こんなことを考えながら、学芸員は日々、研究活動を行っています。なんだか久しぶりにフィールドに出たくなってきました…
<北海道博物館 学芸員 栗原憲一>
【参考文献】
栗原憲一, 2013: 北海道十勝郡浦幌町に分布する根室層群川流布累層中の白亜紀/古第三紀境界. 浦幌町立博物館紀要 13: 25-30.
Kurihara, K., Kano, M., Sawamura, H. and Sato, Y., 2016: The Last Surviving Ammonoid at the end of the Cretaceous in the North Pacific Region. Paleontological Research 20: 116-120.