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地層に刻まれた太古の記憶:厚さ数メートルに眠るドラマ【コラムリレー第9回】

今回、私が紹介したい”遺産”は、十勝郡浦幌町にある「約6600万年前の地層(泥岩層)」である(写真1)。そう、何の見栄えもしない泥岩層である。「なぜこんなものを?」とみなさんは思うかもしれない。

(写真1)モカワルップ川沿いに露出する約6600万年前の泥岩層

人類が誕生するはるか以前の約6600万年前、地球をゆるがす大きな出来事があった。直径10kmにもおよぶ巨大な隕石がメキシコのユカタン半島付近に衝突したのだ。

この衝突によって、直径200kmの巨大なクレーターができ、マグニチュード11以上の地震と高さ数百メートル規模の津波が起こり、衝突により放出されたエネルギーは世界中の森林を燃やした。舞い上がった粉塵は地球をおおい、太陽光は遮断され急激な寒冷化が起こった。

もちろん多くの生物も影響を受け、陸上を席巻していた恐竜や海で大繁栄していたアンモナイトが絶滅した…

実は、この頃にできた地層が、今回紹介する地層である。日本(と、いうよりアジア)では、浦幌町の茂川流布(モカワルップ)川沿いの露頭にしか、今のところその存在がはっきりと知られていない。この地層は、海の中で泥がふりつもった地層(泥岩層)からできており、北太平洋地域における巨大隕石が衝突する頃の海洋環境を知る貴重な場所なのだ。

露頭の発見は、今から約30年前の1986年。東北大学の研究グループが地質調査を実施したところ、モカワルップ川沿いに6600万年前の巨大隕石が衝突する前後の地層が連続的に露出していることを明らかにした。同時に、世界各地に見られる隕石衝突の影響によってできた厚さ数cmの地層(粘土層)に類似した、6〜10cmの黒灰色の粘土層が見られることを発見した(写真2)。

厚さ10cmほどの黒灰色年度層(写真中央)

(写真2)厚さ10cmほどの黒灰色粘土層(写真中央)

この発見を皮切りに、様々な研究者がこの地層を調べ、生物群によって絶滅する順番や規模が異なるなど、世界で同時に同じような現象が見られることがわかっている。

このように、モカワルップ川沿いにある地層は、巨大隕石が衝突したユカタン半島付近から約1万km離れた地域であるのにもかかわらず、隕石衝突が生物に多大な影響を与えたことを知る貴重な場所であると言える。厚さ数メートルの地層の中に、生物の絶滅事件という大きなドラマが眠っているのだ。そして、6600万年前の絶滅事件を機に、これまで繁栄していた恐竜などの大型爬虫類の時代は終わりを告げ、代わりに私たち人類を含む哺乳類の時代がやってくる。何とも不思議な因果を感じることができる”遺産”なのである。

おわりに

2012年8月、この露頭からある1つの”化石らしきもの”が発見された。当時、三笠市立博物館に勤めていた私は、浦幌町立博物館の館長から一報を受け、写真をメールで送っていただいた。その時の写真がこれである(写真3)

発見された"化石らしきもの"

(写真3)発見された”化石らしきもの”(写真中央のギザギザ部分)

何の化石かお分かりだろうか?

実は、これは「アンモナイト」の化石である。この露頭からのアンモナイトの発見は初めてのことであった。

アンモナイトは、約4億年前の古生代デボン紀から約6600万年前の白亜紀末まで存在した、イカやタコの仲間である。絶滅の原因は、6600万年前の巨大隕石の衝突、もしくはその衝突によって引き起こされた急激な環境変動によるものと考えられている。したがって、この化石は、北太平洋地域で巨大隕石の衝突直前までどのようなアンモナイトが生息していたのかを知る重要な手掛かりになるものである(写真4)。

掘り出されたアンモナイトの跡(雌型)

(写真4)掘り出されたアンモナイトの跡(雌型)

このアンモナイトについては、現在、北海道博物館、三笠市立博物館、足寄動物化石博物館、浦幌町立博物館の4館共同で研究を進めている。成果は近々公表できることになると思うので、詳細はしばしお待ちいただきたい。

<北海道博物館 学芸員 栗原憲一>