枝幸町はオホーツク海に面しており、1年を通してとても寒冷な土地です。夏が到来し、海水浴場がオープンしたと思ったら、わずか2~3週間程度でその年の海水浴シーズンを終えてしまうことから、“日本で最も海開きの期間が短い海水浴場”として知られています。また、冬には流氷も到来し、外気温は時に-30℃を下回ることもあるほどです。
しかし、そのような寒冷な土地にありながら、枝幸町近海では、本来なら温暖な海域に生息している生物が、しばしば漁師の網に混獲されていると聞いたら驚く方も多いかもしれません。昨年度は、大量のブリをはじめ、スズキ、クロマグロ、アオリイカ、イシダイ、そして珍客としては、オホーツク海では極めて珍しいアカウミガメや、なんとオホーツク海初確認となるリュウグウノツカイが混獲されました。なぜ、これほど寒冷な土地で、温暖な海域に生息する生物が混獲されるのでしょうか。その秘密は、海流にあります。
枝幸の沖合には、“宗谷海流”という暖流が流れています。この暖流は、長崎県対馬列島から長く伸びる暖流“対馬海流”の影響を強く受けるため、夏季には枝幸沖の海水温を18~20℃まで引き上げてしまいます(Fig.3)。このため、上記の生き物たちも、この時期に暖流に乗り、オホーツク海沿岸に入り込んで来るようです。
『3000Kmを旅したカメ』も、海水温がまだ暖かい9月末に漁師の網に混獲されました。このカメは、博物館に運ばれた時にはすでに死亡しており、甲羅の形状などからアカウミガメであることがわかりました(Fig.1)。そして、カメの両腕に1つずつ、黄色いプラスチックタグが付いており、“連絡先”と、“個体識別番号”が記されていました(Fig.2)。そこで、記された連絡先に問い合わせてみると、このアカウミガメのとても面白い経歴がわかりました。このカメは、これまでに“2度も”人間の手によって放流された経歴を持った個体だったのです。
1度目は、2011年7月19日に「ウミガメ研究者」の手によって沖縄県黒島でタグを付けて放流されました。その半年後、2012年1月24日に、今度は新潟県新発田市の砂浜に打ち上げられ衰弱しているところを、「新潟市水族館」に保護されます。約1年6ヶ月の飼育を経て、2013年7月24日に新潟県沖に、再びタグを付けて放流されます。そして、2ヶ月後の2013年9月23日に枝幸沖に仕掛けたサケの定置網に入り、博物館に運ばれました。こうして、このアカウミガメはタグの履歴から、2年の歳月と2回の放流を経験して、沖縄県黒島から枝幸町へ“3,000Kmの旅”をしていた事がわかったのです。
このアカウミガメは、現在、骨格標本として展示する準備を進めています。このカメには宗谷海流のこと、ウミガメのこと、そして、このカメが“3000Kmの旅”をしたこと、を来館者へと伝える、“モノ語り”になってもらうためです。
このアカウミガメについては博物館紀要『枝幸研究 第5号』に掲載されています。
www.town.esashi.hokkaido.jp/contents/museum/kenkyu/5-03.pdf…
<オホーツクミュージアムえさし 学芸員 臼井 平>