【コラムリレー08「博物館~資料のウラ側」第34回】
日高山脈博物館は、地質や岩石に特化した博物館で、資料の大半は岩石です。これらほとんどが野外での採取によるものです。野外での試料採取で最も重要なことは、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」採取したのかを記録することなのは、以前のコラムでも述べました。
現地で採取した岩石を博物館資料としての岩石、さらには研究試料として扱えるようにするには、「データ」(岩石名、採取地、採取日、採取者など)が必要です(写真1)。つまり、博物館に収蔵している岩石資料の「データ」が、何らかの理由で欠落してしまった瞬間、「ただの岩石」になってしまいます。博物館の資料としての岩石とその辺の岩石との差は「データの有無」であるともいえるでしょう。博物館資料の危うい“ウラ側”です。

A:野外採取時の簡易的なデータの記載。非伸縮性のテーピングテープを用いています。B:資料としてのラベルに用いるデータ。ここでの整理番号は「イニシャル+採取日+採取順」としています。これは岩石図鑑を作成するときにも有効です。
その重要な「データ」について、先述の項目は、岩石資料のおそらく最低限のデータの一例です。「採取日」「採取者」は迷いませんね。「採取地」には「地質帯」もよく付記します。「岩石名」は、肉眼だけでわかる場合もあれば、わからない場合もあるので、改めて調べることも必要です。恐るべきことに、世の中には肉眼だけでほとんどわかる人もいるのですが、その“ウラ側”は後ほど明かします。
私が考える、岩石名を同定できる精度を高める方法は表のようなものです。

データでの「岩石名」を記載するのなら、個人的には、岩石薄片の偏光顕微鏡観察で十分だと思います。それ以上の化学分析は、岩石薄片を作成できない場合や、岩石の形成過程などより詳細な事実を明らかにする場合に必要です。また、肉眼観察・岩石薄片の偏光顕微鏡観察・化学分析のそれぞれのデータを全て正しく理解し、統合的に解釈する場合がほとんどです。
化学分析などの高度技術やそこから得られるデータは、答えの精度を上げるための「道具」です。「何を問うか・導き出すか」という本質的な部分は、今も人間の能力に委ねられています。優れたデータに命を吹き込めるかどうかは、それを扱う人間の能力次第です。偏光顕微鏡下で鉱物や組織を理解できたり、化学分析の意味やデータの意味を解釈できたりしないと、これらの貴重で有用なデータも生かすことができません。
先述の「肉眼だけでほとんどわかる人」は、これらのデータを正しく解釈でき、肉眼での観察結果との裏づけがたくさんできている人でもあるわけです。その研鑽を積めば積むほど、肉眼での観察結果の精度は高くなっていきます。
そして、これらの方法と得られたデータを用いることで、博物館資料の科学的事実という“ウラ側”を明らかにできます。最近では、博物館展示資料の幸太郎石のでき方を明らかにしました(東ほか,2025)。
当館以外の幸太郎石も「肉眼観察」(写真2)し、当館の資料は「岩石薄片」を作成し「偏光顕微鏡観察」(写真3)し、目的に応じた「さまざまな化学分析」も行ない、得られた全てのデータを科学的に解釈して「事実を明らか」にし、論文にして公表しました。化学分析によって幸太郎石の変成年代(約1.1億~1億年前:前期白亜紀)も明確になったので、その時期の北海道周辺の地質環境にも新しい解釈を与えることができました。詳しい内容は論文をご覧ください(日本語論文です)。

A:日高山脈博物館所蔵の幸太郎石、B:2014年札幌芸術祭「一石を投じる(Stone from Nibutani)」・島袋道浩氏の作品(札幌市資料館に展示)の幸太郎石、C:2017年の幸太郎沢周辺調査で発見した幸太郎石、D:岩見沢市玉泉館跡地公園に設置されている幸太郎石

A:岩石薄片の全体写真。筆者作成・28㎜×48㎜、B:緑色岩片や蛇紋岩片(それぞれがエジリンやアルカリ角閃石などに置換されています)とクロムスピネルが全体的に含まれている様子、C:黒色粒状のクロムスピネル・茶色~黄金色のエジリン・水色~青色のアルカリ角閃石(大部分がリーベック閃石)が観察できる様子、D:輝石類はトレモラ閃石に置換され、さらにアルカリ角閃石に置換されている様子。[GS:緑色岩、SRP:蛇紋岩、Aam:アルカリ角閃石(おおむねリーベック閃石)、Aeg:エジリン、Px:輝石、Trm:トレモラ閃石、Spl:クロムスピネル]
日高山脈博物館の周辺には、“ウラ側”の明らかになっていない地質学的・岩石学的資料が、まだまだたくさんあるので、これからも私の楽しみは尽きません。
引用文献
東 豊土・加藤孝幸・和田恵治・八木公史・藤原泰誠・岡村 聡,2025,幸太郎石:神居古潭帯から発見された蛇紋岩を主とする藍青色のNa交代礫岩.地球科学,79,209-228.
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