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化石のお化粧道具【コラムリレー06 第20回】

大昔の生物について研究する古生物学では、新しい種類の化石を見つけたり、その化石から何か新事実がわかった時に、論文を書いて、その発見を全世界の人々に発表します。

見つかった化石の「かたち」を文章だけで説明するのはなかなか難しいので、併せて写真を載せることがほとんどです。この時、化石の特徴がよく伝わる良い写真を載せる必要があります。

 人の写真や風景の写真だったら、モノクロ写真よりもカラー写真の方が断然好まれるでしょう。しかし、化石の場合は話が別です。基本的に化石の「色」は生きていた当時のものとは無関係で、例えば、貝殻の真珠光沢や表面の縞模様などは化石化の過程で失われ、全体が白くなったり、黒くなってしまいます(例外的に真珠光沢や色模様が残る化石も稀にあります)。しかも変質後の色は必ずしも均一ではなく、部分によって色の付き方にムラがあったり、殻の剥がれ方により色が変わって見えたりします。これをそのまま写真に撮ると、色の違いの方が目立ってしまうことがあり、殻表面のデコボコや突起など、「かたち」の情報がよくわからなくなってしまう場合があります。

 そこで、色の情報を意図的に排除するための工夫をします。それは、化石の表面を細かい粉で化粧し、全体をまっしろに「美白化」してしまうということです。こうすれば、色に邪魔されずに「かたち」の特徴だけを際立たせた写真を撮ることができます。この作業を「ホワイトニング」と言います。

 前置きが長くなりましたが、ホワイトニングを行う際に使う道具を紹介しましょう(図1)。

図1. ホワイトニングに使う道具。A: ガラス管、B: 塩化アンモニウム、C: カセットコンロ。

 特殊な形状をしたガラス管 (A) の中に、塩化アンモニウム (B) という白色の顆粒状の物質を詰めます。このガラス管をバーナーやコンロ (C) で炙って熱すると、管の中で塩化アンモニウムが気化し、ガス状になります。「ブロワー」をパフパフしてこれを吹き付けることによって、化石を真っ白にすることができるわけです。

 作業自体は単純ですが、この時に個人の技量が試されます。あまりに一生懸命吹き付けて、厚化粧にしすぎると細かい溝などの特徴が潰れてしまうので、薄く、満遍なくコーティングするのがコツです。また、コーティング後にうっかり触って指紋を付けてしまったり、コーティング前に触った部分に皮脂が残っていて、これがシワとして浮き出てしまうことがあるので注意が必要です。

ちなみに、塩化アンモニウムのコーティングは水で洗えば簡単に落ちるので、失敗したら洗って乾かして、また最初から作業を行います。

 そうして、ホワイトニングをして撮影した写真がこちらになります(図2A)。

図2. 白亜紀アンモナイト「パラテキサナイテス・コンプレッサス (Paratexanites compressus )」の標本写真。A: ホワイトニング処理、B: カラー、C: モノクロ。

(B)そのまま撮ったカラー写真と、(C)Bをモノクロ加工したものも比較として並べてみました。こうしてみると、ホワイトニングの効果がよくわかるのではないでしょうか。(A)のホワイトニングをした写真が、表面の凸凹などの「かたち」の特徴がもっともはっきりと現れているはずです。

以上、論文に載せる化石写真の撮影時に行う「ホワイトニング」という作業とその道具についてご紹介しました。

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 余談ですが、世界一不味い飴として知られるフィンランドの「サルミアッキ」の原材料には塩化アンモニウムが含まれているらしいです。ホワイトニングを行なった際に手に付着した塩化アンモニウムがうっかり口に入ってしまったことがあるのですが、しょっぱいような、すっぱいような、舌が痺れるような…思い出しただけで口の中がムズムズしてくる、かなり独特な味でした。サルミアッキを食べたことはありませんが、世界一不味いとも言われることに納得しました。

<三笠市立博物館 主任研究員 相場 大佑>