Breaking News
Home » 学芸員のひみつ道具 » サイエンスを支え続ける地下足袋【コラムリレー06第38回】

サイエンスを支え続ける地下足袋【コラムリレー06第38回】

写真1.スパイク付き地下足袋と脚絆。
写真2.著者の野外地質調査の服装。2018年北海道むかわ町穂別地域。

 野外地質調査や化石採集は、おもに地層が露出している場所を対象に行われます。こうした場所として砂漠や工事現場などもありますが、沢や海岸沿いなどの水辺も対象になります。北海道を含む日本の山岳地帯の河川は急流で水流も多いため、岩石や地層を観察できる露頭(ろとう)が新鮮な状態で露出しています。加えて、北海道では雪解け水によって、露頭が毎年更新されるため、アンモナイトなど多くの化石が産出します。

 北海道の宗谷から浦河にかけて、蝦夷層群(えぞそうぐん)という白亜紀(=最後の恐竜時代)の地層が露出しています。ここからは、これまでに300種ほどの新種アンモナイトが発見され、日本の古生物学(化石を用いた研究)をリードしてきました。同じ地層からはクビナガリュウやモササウルス、恐竜化石なども発見されています。2013・14年に発掘されたカムイサウルス(むかわ竜)は、日本最高・奇跡の発見とも呼ばれる恐竜全身骨格化石で、科学的な研究成果が発表された2019年を中心に大きな話題となりました。こうした化石のほとんどは山中の沢沿いで発見されてきました。

 このような沢沿いの野外地質調査・化石採集を行う際の足元の装備としては、長靴、ウェダー、登山靴、地下足袋(じかたび)(写真1)などがあります。調査対象地域によって異なりますが、蝦夷層群の調査においてスパイク地下足袋は、最も“戦闘力”が高い履物といえます。地下足袋は軽量で柔軟であり、水にぬれるとより足にフィットするので、活動性に優れるという特徴があります。さらにスパイク付きになると、砂岩(さがん)などの岩石にスパイクが引っ掛かるので崖を上りやすくなるという長所もあります。崖を上っている瞬間には片足の親指と付け根のみで体重を支えているような感覚を得られるほど、力を地面に伝えられます。地下足袋と一緒に使用する脚絆(きゃはん)は、倒木を乗り越える際などにズボンの裾が倒木に引っ掛かるようなことを避けられます。また、脚絆を装備すると裾が閉じている状態になるので、笹薮に突入した際にズボンの裾からマダニが直接侵入するような事態も防ぐことができます。地下足袋に100匹ほどのマダニが付着しても、脚絆によってズボンの裾が締められていたため衣服の内側への侵入を許さなかったこともありました。冬などの寒い時期には使用することができないこと、足袋の底以外は布のみなるので防御力に難があること、さらに20日間程度でスパイクが摩耗して使い物にならなくなるなどの短所もありますが、地下足袋・脚絆は野外地質調査を行う際に大変重宝します。

写真3.1938年ごろの穂別地域での野外地質調査。左:後にアンモナイト研究の権威となる松本達郎氏(後の九州大学名誉教授)。右:地質学者の大立目(おおたつめ)謙一郎氏。(野田雅之博士提供)

 地下足袋や脚絆を使った野外地質調査・化石採集は古くから行われていたようで、1930年代の穂別地域における野外地質調査でも使用されていました(写真3)。近年の野外地質調査においてはスマートフォン・GPSを使用して位置情報を取得できるようになり、レインウェアなどの性能も大きく進歩し、調査に用いる自家用車の性能も大きく向上していると思いますが、野外地質調査時の服装は80年前とあまり変化していないことがわかります(写真2・3)。こうした野外地質調査を基にしたサイエンスを足元で支え続けてきたものが地下足袋です。

〈むかわ町穂別博物館 学芸員 西村智弘〉