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「夷酋列像」の「日月」・「四神」【コラムリレー第6回】

江戸時代の中頃、寛政2年(1790)に蠣崎波響(1764〜1826)が描き、時の天皇までもが目にした「夷酋列像」は、寛政元年(1789)の蝦夷地東部でのアイヌ民族の蜂起に対し、蜂起を鎮圧する松前藩に協力し、その「功績」を認められた、「蝦夷」の「酋長」達、12人を描いたものとされます。しかしながら、12図のうちの7図の人物の体勢や服装は、これよりも先に描かれた、仙人や三国志の武将などの絵のそれと、似ています。恐らく波響は、12人の「酋長」達を目の前にして、その有り様を写したわけではなく、先行する人物画に倣って、「夷酋列像」をつくったと考えます。

夷酋列像 12図のうち11図:蠣崎波響筆《夷酋列像》、寛政2年(1790)、絹本着色、各40.0×30.0cm、フランス・ブザンソン美術考古学博物館所蔵 12図のうち1図(下段左から3番目):渡辺広輝筆《夷酋列像(模本)》、文化元年(1804)、絹本着色、39.8×33.1cm、北海道博物館寄託 蠣崎波響筆《夷酋列像》は12図のうち1図を欠くため、欠ける1図を模写で補います。模写の作者の渡辺広輝は、この模写制作の頃には江戸で幕府の御用を務め、のちに徳島藩御用絵師になった人物です。

夷酋列像
12図のうち11図:蠣崎波響筆《夷酋列像》、寛政2年(1790)、絹本着色、各40.0×30.0cm、フランス・ブザンソン美術考古学博物館所蔵
12図のうち1図(下段左から3番目):渡辺広輝筆《夷酋列像(模本)》、文化元年(1804)、絹本着色、39.8×33.1cm、北海道博物館寄託
蠣崎波響筆《夷酋列像》は12図のうち1図を欠くため、欠ける1図を模写で補います。模写の作者の渡辺広輝は、この模写制作の頃には江戸で幕府の御用を務め、のちに徳島藩御用絵師になった人物です。

さらにこの絵には、仙人や武将の姿に加え、古代以来、日本の美術工芸品に繰り返しあらわされてきた、「日月(じつげつ)」と「四神(ししん)」が重ねられると考えます。本稿では、「夷酋列像」のうち、「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図と「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図の対比に着目し、隠された「日月」と「四神」を明るみに出します。

まず、2図の位置関係を確認します。フランスにある《夷酋列像》の序文の記述や、画面隅に書き込まれた数字、あるいは、江戸時代に制作されたいくつかの模写の様相から、波響が構想した「夷酋列像」は、六曲一双屏風(6面の屏風を2つで1組とする)の形式であったと考えます。つまり、12図は、前半6枚後半6枚に二分され、右から左へ、という屏風の一般的な見方に従うと、右隻(向かって右側の6枚・上に掲載した図の上段)の敷物に座す人物にはじまり、宝器と武器によって特徴付けられる5人、左隻(向かって左側の6枚・上に掲載した図の下段)の動物やその毛皮製品で特徴付けられる5人が続き、冒頭の図と同じく敷物に座す女性像で、終わります。本稿で採り上げる「麻烏太蝋潔」図と「窒吉律亜湿葛乙」図は、冒頭と末尾、屏風の両端に位置します。

冒頭の「麻烏太蝋潔」図と、末尾の「窒吉律亜湿葛乙」図は、ともに、異国渡りの敷物と毛皮を重ねた上に、同様の体勢で座す人物を、同様の構図で捉えます。

右:「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図 左:「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図

右:「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図
左:「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図

2者のまとう蝦夷錦にはそれぞれ、さざ波と青海波の地紋が、金泥で描かれます。「夷酋列像」に描かれる錦の中で、地紋のあるのは、この2図の錦のみで、特に豪華な仕立てと言えます。

以上のように、2図はいくつかの共通する要素により、類似します。その類似によって同時に、いくつかの対比が、浮き彫りになります。まず、「麻烏太蝋潔」図は男、「窒吉律亜湿葛乙」図は女という、男女の対比があります。

加えて、豪華な錦の仕立ては、金と銀の対比を示します。「麻烏太蝋潔」図の錦は、地色の橙に金彩が映え、光に照らすと黄金色に輝きます。

「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図 部分

「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図 部分

他方、「窒吉律亜湿葛乙」図の錦には、金の地紋に加えて、襞をあらわす墨の衣紋線に、銀の線が沿います。この銀の線は、12図のうち、「窒吉律亜湿葛乙」図のみに描かれます。さらに彼女は、銀の円盤の飾りのついた首飾りを身につけます。これと同様に、金属製の飾り板のある首飾りは、同時期にアイヌ民族を描いた絵や、伝世品に、複数確認できます。しかし、この絵の飾り板、銀の円盤は、それらと比して、著しく大きいです。

「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図 部分

「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図 部分

錦の彩色や首飾りによって、2図は、金と銀の対比を見せます。金銀の対比、特に、右隻の金、左隻の銀という対応は、中世の日月屏風を想起させます。金日と銀月―金色の太陽と銀色の月―という表現は、中国から伝わり、古代以来、日本の美術工芸品に見られるものです。南北朝から室町時代に制作された、「日月」の図像を伴う「日月屏風」5点は、いずれも一双屏風の形式で、右隻に太陽/日、左隻に月を配し、その月は銀板をはめ込むなどして、満月形や三日月形であらわされます。「窒吉律亜湿葛乙」図の銀の円盤は、この月を思わせます。

冒頭と末尾の金銀の対比が、太陽/日と月の対比を示すという前提に立てば、ともに敷物の上に敷く、黒と白の毛皮もまた、太陽/日と月の対比を示すと見なせます。太陽に棲む黒い烏、月に棲む白い兎もまた、金日と銀月とともによく知られた、古代以来の日月の象徴です。例えば、江戸時代の図説百科事典『和漢三才図会』は、「日」「月」の項目に、日輪の中の烏と月輪の中の兎の図を載せます。

寺島良安編『和漢三才図会』正徳2年(1712)刊 右:日 左:月

寺島良安編『和漢三才図会』正徳2年(1712)刊
右:日 左:月

この象徴は、江戸時代の人々にとっては一般的なものだったようで、江戸時代の絵や工芸品には、黒い烏と白い兎を取り合わせて「日月」をあらわす意匠が、多数確認されます。冒頭と末尾の毛皮の黒と白の対比は、この黒い烏と白い兎の対比をあらわすと考えます。

金と銀、黒と白が、ともに日/太陽と月の対比を示すと考えると、先に見た、男女の対比もまた、それに連なるものと見なせます。陰陽五行説に基づくと、男は「陽」、女は「陰」に属し、それぞれ、太陽と太陰(月)に通じます。以上のことから、「麻烏太蝋潔」図と「窒吉律亜湿葛乙」図—黄金の錦をまとい黒の毛皮に座す男と、銀の錦と銀の首飾りを身につけ白の毛皮に座す女—は、江戸時代の人々に、「日月」を想起させたと考えます。

この推察を裏付けるように、「麻烏太蝋潔」図に記される、居住地を示す「烏蝋亞斯蹩子」、人名を示す「麻烏太蝋潔」の文字には、そのどちらにも、太陽に棲む「烏」の字が、そして、人名にはまさしく、太陽の「太」の字が、あります。図に記される漢字表記は、この絵のために案出されたと考えられ、「烏蝋亞斯蹩子 總部酋長 麻烏太蝋潔」の文字は、「麻烏太蝋潔」図と、日/太陽との結びつきを示す意図をもつと考えます。

右:「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図 部分 左:「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図 部分

右:「麻烏太蝋潔(マウタラケ)」図 部分
左:「窒吉律亜湿葛乙(チキリアシカイ)」図 部分

他方で、日月屏風の「日月」は、日の昇る東と、月の沈む西という、「東西」の方位とも結びきます。日月と東西の結びつきは、八世紀前半の作とされる高松塚古墳に遡り、この墓室の東西南北の壁には、四方位と結びつく四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)とともに、東壁に金箔の日象、西壁に銀箔の月象が配されます。

これを踏まえると、「麻烏太蝋潔」図の錦に描かれる、大きく口を開ける青い龍は、四神のうち東を司る、青龍と見なせます。錦に龍を配す図は12図のうち7図ありますが、青い龍は、これのみです。

対して、「窒吉律亜湿葛乙」図には、西を司る白虎は描かれません(強いて言えば、月の「白兎」をあらわすと見た白い毛皮が、白虎の色にも通じます)。「窒吉律亜湿葛乙」図は、四神を描くのとは別の仕方で、「西」と通じます。「窒吉律亜湿葛乙」は、江戸時代に盛んに描かれた仙人「西王母」の姿と重ねられたと考えます。西を司る西王母は、中国古代の銅鏡で、月の兎や白虎とともに配されます。本図と西王母のつながりを、ここでは詳しく述べませんが、一つ挙げるとすれば、図に記される文字、「乙箇咄壹 母 窒吉律亜湿葛乙」に、「母」が含まれることです。「夷酋列像」とともに書かれた絵の解説書、『夷酋列像附録』では、「窒吉律亜湿葛乙」は、「屈捺失律総部酋長貲吉諾謁カ妻ニシテ、即チ乙箇吐壹酋長カ母也」と記され、ともに「夷酋列像」に描かれる「貲吉諾謁」の妻であり、かつ、「乙箇吐壹」の母であると、説明されます。絵で、妻であるという記載を省き、「母」とのみ記すのは、西王「母」とのつながりを示すためと、考えます。

以上のことから「夷酋列像」は、「夷酋」の姿に「日月」と「四神」(東西)を重ねると言えます。なぜ、なんのためか。それは、日月屏風が、その前に立つ人物の権威をあらわす伝統をもつことと関わります。「日月」と「四神」は、これまで語られることのなかった、新たな「夷酋列像」の意義、すなわち、「夷酋」の肖像画でありながら、「夷酋」以上に、その屏風を背後に君臨する、松前藩主、あるいは天皇を荘厳するというあり方を、浮かび上がらせます。

<北海道博物館 学芸員 春木晶子>