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「明珍流」の移植ゴテ【コラムリレー06 第3回】

大きなものはショベルカー、小さなものは竹串まで、発掘調査現場では大小様々な「掘る道具」が活躍します。なかでも、「移植ゴテ」と呼ばれる小さなスコップが、「掘る道具」の万能選手です

左から「移植ゴテ」、「ガリ」、「草刈り鎌」

一言で「掘る」と言っても、発掘調査では削る作業や砕く作業も重要です。移植ゴテは掘る、削る、砕くを一つでこなせる優れた道具です。同じ、スコップ状の道具でも「大スコ」などと呼ばれる大きなスコップ(普通のスコップ)では土を削るということはありません。スコップは掘る専門で、削る作業はもっぱら「ジョレン」と呼ばれる専用の道具が使われます。

土を「削る」機能に注目すると、移植ゴテのライバルは「ガリ」と呼ばれる「草削り」や、左官屋さんが使う「コテ」、とにかく切れ味を追求する「草刈り鎌」などがあります。どの道具にも一長一短があり、甲乙をつけるのは難しいところです。たとえば、「ガリ」という道具は、もともと草削りを本職とするだけに、移植ゴテでは手が痛くなるような硬い地面でも、ガリガリと削って平らな面を出していきます。草刈り鎌は扱いが難しいのですが、上手な人が使うと、剣の達人が切ったようにスッパリと鮮明な土層断面が現れます。その反面、ガリは「掘る」作業は苦手ですし、草刈り鎌にいたっては土層断面専門の道具で汎用性に欠けています。移植ゴテは飛び抜けて優れている部分は少ないのですが、高い汎用性が魅力です。

1私が20年ほど愛用している移植ゴテは、恵庭市の「明珍鉄工所」で製作していただいた特注品です。明珍鉄工所はもともと鎧づくりの「明珍流」の一派が開拓に伴い北海道に移住してきたことが始まりです。その確かな技術は、農機具の摩滅が激しい火山灰地でも切れ味を失わないと評判になった「明珍ホー」などの農機具に活かされています。

移植ゴテに求められる性能は、粘りと硬さですが、鉄鋼の粘りと硬さは、トレードオフの関係にあります。硬ければ折れやすく、粘りが強すぎれば研ぎが効かないナマクラになります。刺し身包丁のような切れ味鋭い包丁は硬いものを切ると刃こぼれしやすいのですが、砥石をあてると刃先が逃げずにしっかりと研ぎを受け止めてくれます。一方、粘りの強い柔らかい鉄鋼は、折れにはめっぽう強いのですが、刃先がくねくねと逃げてしまうので研ぎが効きずらく、切れ味を高められません。

「明珍流」の移植ゴテ。ホームセンターに売っている移植ゴテとはまったく別物です。

移植ゴテの場合、大きな力を加えることもありますし、石に当たることもあります。折れては困るので粘り強さは必須ですが、かといって、地面をシャープに削るには、しっかりと研ぎ澄ます必要があります。このあたりの「バランスの妙」という点で「明珍流移植ゴテ」は最高のレベルに到達しています。折れる心配がなく、安心して力を加えられる剛性と、必要十分な硬さのバランスが絶妙なのです。

私の移植ゴテは、まだまだ若く、研ぎを繰り返してもっとスマートなフォルムにするのが理想です。摩耗しやすい部分が削ぎ落とされ、その部分に合わせて全体を整形しながら研ぎを入れていきます。長年使い込むことで、使い手になじんだいわゆる「マブイ」道具に変身していきます。私はもう、年間に何十日も発掘調査現場に立つことはありませんので、この移植ゴテが「マブイ」移植ゴテに育つ日は来ないかもしれませんが、「明珍流移植ゴテ」は土を削ることに対するこだわりを思い出させてくれる大切な「ひみつ道具」です。

(19.06.20 写真点数を2枚に減らしました。)

<厚沢部町役場保健福祉課 石井淳平>