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木彫り熊のウラ側

コラムリレー08「博物館~資料のウラ側」第38回

北海道の工芸や土産として有名な木彫り熊。足の裏や台座を見ると、作者の名前、買った年月日、送った記念ごと等さまざまな内容が彫られたり書かれたりすることがあります。今回はそんな裏側をご紹介します。

北海道の木彫り熊は、スイスのペザントアートの木彫り熊をモデルとして、工芸品・美術品・観光土産品として大正13年に八雲の和人(註1)によって作られ始めました。他にもアイヌにおける熊意匠をルーツとしたアイヌの木彫り熊もありますが、「木彫り熊」という概念を創出し確立したのは八雲です。しかし、アイヌの木彫り熊は遅くとも大正15/昭和元年から彫られ始めて現在まで続いており、アイヌ文化でもあります。和人文化でもあり、アイヌ文化でもある。美術品もあれば、大量生産品もある。様々な属性を持ったモノなのが、木彫り熊なのです。

そんな木彫り熊ですが、八雲においては作者が自分の名前の代わりに号を彫ることが多くあります。誰が作ったかの情報が抜け落ちてしまう木彫り熊において、号があると作者の特定につながります。
戦前の八雲で木彫り熊の製作・販売・流通を担っていた八雲農民美術研究会(以下、農美研と略す)に納品した人は40人いましたが、うち11人の本名と号がわかっています。
昨年の資料調査中、大内龍雲と書かれた史料を見つけました。龍雲は熊の学校を彫った作者の号として知られていましたが、本名がわかっていませんでした。当時は書かなくても当たり前に本名と号は一致していたのでしょうが、後年になるとわからなくなってしまいます。運よく龍雲は大内春光の号であることが判明しました。

写真1 大内春光(龍雲)が作った「熊の学校」【個人蔵】(二次利用禁止)
写真1 大内春光(龍雲)が作った「熊の学校」【個人蔵】(二次利用禁止)

作品の特定につながる情報は、号以外にもあります。作品に刻印されたナンバー、これについても調査中に閃き、紙資料と実物を突き合わせて判明しました。実は『昭和二年度農村美術委託品台帳』(註1)には、昭和2年9月から昭和5年1月までに農美研が受け入れた作品の受付年月日、通し番号、品名、価格(製作高)、内渡代金(製作者への支払金)、製作者名などが記載されています。この通し番号と作品に刻印されたナンバーが合致したのです。

現在確認できているのは、下記の3点のみです。
115:昭和3年3月7日受付、吉田千太郎のペン軸、価格80銭(写真2)。
544:同年6月19日受付、柴崎重行の熊トザリガニ、価格5円(写真3)。
586:同年8月14日受付、吉田千太郎の道化熊 種蒔、価格7円。
木彫り熊の初期段階の作品のウラ(=情報)が分かるようになったことは大きな発見でした。

写真2 鮭?にまたがった熊が彫られた吉田千太郎の「ペン軸」【個人蔵】(二次利用禁止)
写真2 鮭?にまたがった熊が彫られた吉田千太郎の「ペン軸」。わかりにくいがペン先のそばに刻印がある【個人蔵】(二次利用禁止)
写真3 鼻をはさまれ、片目はわざと目玉を入れていない珍しい表現である柴崎重行の「熊トザリガニ」【個人蔵】(二次利用禁止)
写真3 鼻をはさまれ、片目はわざと目玉を入れていない珍しい表現である柴崎重行の「熊トザリガニ」【個人蔵】(二次利用禁止)
写真4 「熊トザリガニ」に刻印されたナンバー【個人蔵】(二次利用禁止)
写真4 「熊トザリガニ」に刻印されたナンバー【個人蔵】(二次利用禁止)

この台帳は、空欄や修正、記載誤りも少なくなく、納品の厳密な数量や金額の確定は困難ですが、期間中の製作高合計5,754円、製作数2,828個(ただし木彫り熊以外の作品も含む)でした。木彫り熊と判断できる作品に限ると、少なくとも34種類、1,608点が制作されていたことが確認できます。そして既に戦前に人気だった鮭負熊(鮭を背負った熊)や、スキー熊が作られていることもわかりました。

農美研では、他地域でも木彫り熊の製作が盛んになったこと等から、昭和6年には八雲で作られたことを示すマークを足の裏などに付すようになります。熊の顔の輪郭の中に「やくも」と入れたマークと、熊の顔の横顔の下に「八雲熊彫」としたものの2種類が知られていますが、実は大きさなどのちょっとしたバージョン違いがあります。なぜ違いがあるのか、使い分けがあったのか等は不明のため、今後の課題です。

写真5 八雲熊彫を示すマーク類【個人蔵及び八雲町郷土資料館蔵】(二次利用禁止)
写真5 八雲熊彫を示すマーク類【個人蔵及び八雲町郷土資料館蔵】(二次利用禁止)

この八雲熊彫について、共著で論文にまとめました。3月末に徳川美術館から発行される予定の金鯱叢書に所収の予定ですので、もっと詳しいことを知りたい方はぜひご覧ください。そのうちWEBでも公開される見込みです。

註1 アイヌルーツではない、本州からの移住民のこと。
註2 「八雲史料」3300、徳川林政史研究所所蔵。

≪八雲町郷土資料館・木彫り熊資料館 学芸員 大谷茂之≫