山の中の困りごと「ここはどこ?」
道に迷ってしまい「ここはどこ?」と思った経験は、だれでもあるでしょう。最近は、スマホの地図アプリを使えば現在地がすぐにわかり、道に迷って困ることは街中では少なくなりました。自分の現在地がわからないと、街中でも十分困りますが人里離れた山の中では、最悪の場合は遭難にもなりかねない事態です。そのため山の中で調査する研究者にとって、現在位置を知る道具は、単なる道具というより相棒に近い存在です。
山の動植物を対象にした研究では、山の中に調査区を設定し、何度も通って調査をすることがあります。街中では見渡せば何かしらの目印になる看板がありますが、山中ではそもそも番地などの住所すらありません。記憶だけでは調査区がどこなのかわからなくなってしまい、調査を継続できない可能性があります。特に5年、10年間隔の調査の場合、周りの風景が変わってしまうと記憶だけで調査区にたどり着くのは難しくなります。また、気温などを自動的に記録してくれる観測機器を森の中に設置することもあります。設置した場所に再度行けないと調査データはおろか、観測機器すら回収できません。そのため、私のように山の動植物を対象に研究をする者にとって、現在地を知ることは遭難防止だけでなく、研究データをとるためにも重要な調査技術の一つです。今回のコラムでは、自分の現在位置を知る道具である、地図とコンパス(写真A)、ハンディGPS(写真B)についてご紹介します。
地図とコンパス
地図とコンパスを使いこなすには、目の前の山や沢が、平面の地図にどのように表現されるかを想像できなければなりません。この技術は、地図をにらめっこして山を歩き、帰ったら地図を見て復習して習得します。この地図とコンパスを使った現在位置の推定精度は、技術や地形の”分かり易さ”によって大きく異なります。目印となる地形に乏しいと、100mぐらいの誤差が生じます。紙の地図を山に持って行くとき、私は濡れて破れないようにジップロック®などのチャックパックのなかに入れて使っています(写真B)。登山専用の地図を入れる袋が山道具専門店で売られていますが、チャックパックは安価で簡単に手に入るので愛用しています。
GPSの登場
GPSとは、衛星からの電波を受け取って現在位置を推定するシステムのことです。20年ほど前、山へも持っていけるハンディGPSが登場し、現在位置を知る道具は大きく様変わりしました。近年、ハンディGPSの精度が条件次第では誤差数m程度と精度が向上したことで、野外調査になくてはならないものになりました。ハンディGPSの強みは、精度だけでなくデータ取得の手軽さにもあります。紙地図では、まず調査地で地図に書き込み、室内に戻ってきたらスキャナで読み込んで、と何段階も経てやっとデジタル化できます。一方で、ハンディGPSは、パソコンとつなぐだけでデジタルの位置情報が取得できます。
時代とともに、変わる道具と変わらない好奇心
ハンディGPSは便利ですが、電子機器のため電池が切れたら全く使えません。また故障のリスクが常にあります。一方で、地図とコンパスは電池切れの心配がなく、いざという時に頼れる相棒です。私は山で調査するときには、これらの道具を併用、あるいは状況に合わせて使い分けています。テクノロジーの発展と共に森の中で現在地を知る方法は、日々変化しています。近年はスマホの地図アプリの使い勝手と精度が大きく向上し、スマホも道具の選択肢の一つです。道具は時代とともに移り変わりますが、「山の中で現在位置を知って、動植物の生き様を調べたい」という研究者の好奇心は変わらないままです。
<国立アイヌ民族博物館 研究員 日野貴文>