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「牧場?遺跡?活用と保護の共存―シブノツナイ竪穴住居群―」【コラムリレー第29回】

「川西牧野の放牧の様子」

「川西牧野の放牧の様子」

【川西牧野としての側面】湧別町には町営牧場が数カ所あり、写真はその一つ「川西牧野」の様子です。オホーツク海に注ぐ湧別川の河口から西に約3.5km、海岸から約200m内陸に位置しています。そこでは農協が町内の酪農家から幼い牛を預かり、5月から10月の間放牧して育てています。牛の保育園のようなものです。のどかな北海道らしい風景ですが、この場所は牛の保育園として以外にも大きな意味も持っています。写真の場所は、北海道指定史跡「シブノツナイ竪穴住居跡」でもあります。僅かに見られる地面の起伏は、埋まりきっていない竪穴住居の窪みです。(*遺跡内で放牧されているのは月に1・2日間程度です。)

「シブノツナイ竪穴住居跡の俯瞰撮影(一つの窪みは一辺5m前後)」

「シブノツナイ竪穴住居跡の俯瞰撮影(一つの窪みは一辺5m前後)」

【竪穴住居群としての側面】この遺跡は、限られた範囲(約35,000㎡!)に隙間なく竪穴住居跡が密集していることと、保存状態の良さから昭和30年代には地域でも知られていました。昭和38年と41年には測量や発掘調査が行われました。結果、665軒もの竪穴住居跡があること、その形状が方形であることや出土した土器の種類から擦文文化(約1,000年前)のものだと分かりました。この貴重な遺跡を後世に伝えていくべきとの機運が地域に高まり、昭和42年には北海道指定史跡になりました。

「シブノツナイ竪穴住居跡の昔(左:昭和42年 右:平成9年)」

「シブノツナイ竪穴住居跡の昔(左:昭和42年 右:平成9年)」

【指定直後は原野に】指定により遺跡を大切に保護することが決まりました。保護には、遺跡公園として整備を行うなど手段はいろいろあります。しかしシブノツナイ竪穴住居群の場合は、現状保存を大事にし開発行為から守るという視点での保護が実施されていきます。その結果、指定当時は竪穴住居跡を観察できた環境が、平成9年頃には笹が茂る場所になってしまいました。看板はあれども、どこが竪穴住居跡なのか一般の方には分かりづらい状態です。地元の方の話を聞いても、60代の方は「子どもの頃に遠足で遺跡に行った。」と言う一方、20~30代の方では「遺跡に行ったことはないし、知らない。」という声に表れています。

「残雪のある竪穴住居跡(一辺約5mの方形)」

「残雪のある竪穴住居跡(一辺約5mの方形)」

【見学しやすい遺跡へ】今のような放牧地になったのは平成14年頃からです。遺跡を訪れた人が一目見てわかる状態にしようという方針が教育委員会で決まり、竪穴群全域の草刈を実施しました。その影響により、最初の写真の状況になります。幼い牛たちが元々放牧地の一部であった遺跡に入り、刈られた草やその後に生える若草を食べるようになりました。その結果、現在の竪穴群の景観は年に一度の草刈で保てています。牧場管理の方も放牧業務中に遺跡に目が向くようになり、遺跡に異常があった場合には教育委員会に連絡をくれるようになりました。

「遺跡周辺の自然」(左上からキタキツネ・ハマナス・ワラビ・タンチョウヅル)

「遺跡周辺の自然」(左上からキタキツネ・ハマナス・ワラビ・タンチョウヅル)

【周辺の豊かな自然】遺跡の近くにはオホーツク海・シブノツナイ湖があり、漁業者や釣り人、山菜採取の方が多く訪れます。また、天然記念物のオジロワシやタンチョウヅルをはじめとした野鳥観察地でも評判で、遺跡目的ではなく近くを訪れる方が増え、ついでに遺跡を知ってくれるようにもなってきました。遺跡がある土地は、当時、生活に必要な食料や水が得られやすいような、動植物が豊富で自然豊かな場所だったと考えられます。そのため、現在も生態系豊かな状況であることは、当時の生活と遺跡の結びつきを考える上でも理想的な状態と言えます。

「まだまだ見つかる竪穴住居群」(中央で笹の葉がたまっている窪みが竪穴住居跡)

「まだまだ見つかる竪穴住居群」(中央で笹の葉がたまっている窪みが竪穴住居跡)

【遺跡保護の在り方】遺跡は「保護し後世に伝えること」が最も大事なことです。しかし、現在の人が近寄れず存在さえ知られない状態の保護は望ましくありません。遺跡を別の用途で活用するのが良いことか、他の目的で近くを訪れた方についでに見てもらう状況で良いのか、簡単に結論を出せたる問題ではありませんが、多くの人に関心をもってもらえる環境作りは欠かせません。今後も、学芸員として遺跡保護と活用の理想的な在り方を悩み、後世に伝える努力をしていこうと思います。

<湧別町郷土館・ふるさと館JRY 学芸員 林勇介>