写真中央は、富良野市博物館で展示している地層の標本です。この標本は、北海道立地質研究所が富良野市山部の東京大学北海道演習林・樹木園内でトレンチ調査を行い、確認した活断層の断面を、まるで「おぼろ昆布」のようにぺらぺらにうす~く剥がし取り、板に貼り付けたものです。決してジオラマなどの模型ではありません。本物の地層そのものです。
樹木園で発見された活断層は、富良野盆地の東縁に南北に連なる「麓郷断層」で、全長は約25㎞に及びます。調査の結果、活断層が動いたことで発生した地震の規模はおよそマグニチュード7.3-7.4で、直近の活動期は約3,000~4,000年前、同程度の地震が発生する間隔は15,000年前後と推定されました。ちなみに富良野盆地とその周辺には、最低でも7か所の活断層が、盆地の東西縁を中心に南北方向に分布することが分かっています。
さて、お話を本題に戻します。この剥がし取った地層の標本ですが、ところどころに礫がそのままくっついているので、部分的に厚さ10㎝以上のところもありますが、おおむねその厚さは約2~3mmほどの「ぺらぺら」な状態です。さて、どのように地層を薄く剥し取って、写真のような展示物にしたのでしょう。ここで使ったひみつ道具が「接着剤」です。市販の接着剤ではありませんが、原理は簡単です。手順を簡単に説明しましょう。
まず地層の断面をコラムリレー第3回の石井さんが紹介した移植ゴテやガリ、鎌などで削って、うっとりするくらい綺麗に平滑にした後、地層面に裏打ち用の薄い布を貼り付けます。布の上から溶剤で希釈した接着剤を霧吹きで何度か繰り返し吹き付け、さらに刷毛で重ね塗りして固めます。硬化したら、切り込みを入れて引っ張りながら剥がします。すると、逆転した地層が布に張り付いた状態で転写されている、という仕組みです。なんせ「ぺらぺら」ですから、現地から博物館へ運搬するときには、海苔巻きのようにくるくる巻いて、トラックに乗せて運びました。とはいえ、「おぼろ昆布」のようにふわふわで軽いわけではなく、重量はそれなりです。今回紹介した標本は、巾3.6m×高3.0mと大きかったので作業時間が長く、準備と後処理も大変でしたが、原理は実に簡単なものです。
実は、活断層の調査結果が明らかになった後、「活断層の存在を伝え残したい!」「またとない科学的な調査で発見した生の資料を現地で公開したい!」と数名が意気込み、関係者と相談したのですが、兵庫県淡路市の野島断層保存館のような保存施設は無理でしょうとあえなく断念。その代替策として、接着剤を用いて地層を転写剥ぎ取りする方法に切り替え、この標本を博物館で保存・公開することになりました。現地の保存展示に迫力は負けるかもしれませんが、標本には写真や図面、模型だけでは表現できない、生のまま写し取ってきた情報がそのままギュッと詰まっていて説得力があります。貴重な資料を失うことなく、保存・公開に役立った、ひみつ道具「接着剤」のお話でした。<富良野市博物館 澤田 健>
*ここで使った接着剤ですが、いわゆるウレタン樹脂で商品名は「トマックNS-10」と言います。エポキシ系の樹脂が用いられることもあるそうです。今回はたまたま活断層の地層断面に使用しましたが、遺跡の発掘調査で発見された貝塚や盛土、竪穴住居址、お墓などの地層断面などを剥ぎ取る時によく使われます。10数年前の剥ぎ取りの際には、北海道立埋蔵文化財センターの田口尚さんとスタッフの皆さんが指導・協力してくれました。若かりし頃を恥ずかし気に振り返りつつ、あらためてお礼します。