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漂着貝類から北海道の海洋環境を探る~海は温暖化しているのか?~【コラムリレー第37回】

-はじめに-

「北海道の海には温暖な傾向が見られる!」と知ったとき、当時大学生であった私は、とても衝撃を受けたことを覚えています。小さな頃から海に親しむ中で、釣り場で知り合った年配の方や、漁師の方々とのお話から「魚が変わった!」「海が変わった!」と何度も聞かされていたからです。それから私は、海洋環境の実態を把握する方法の一つである、海岸に打ち上げられた漂着貝類に注目し、主に離島を含む北海道日本海沿岸で調査研究を行ってきました。今回は、これまでの研究成果のうち、各地で見つかった“暖流系貝類”に焦点を当てご紹介します。

 

-北海道に棲む貝類-

これまで、北海道は冷水塊が卓越する冷たい海とされてきました。そのため、北海道の海には、主な生息域を寒冷な海域にもつウバガイ(北寄貝)やエゾアワビなどの“寒流系貝類”と幅広い海水温に適応可能なアサリやマガキなどの“広温系貝類”で構成されるとされてきました(図1)。これらの貝類は、道内のどの海岸でも比較的容易に見つけることができるうえ、食用として地域のスーパーでも見られることから、一般的によく知られている種類といえるでしょう。

図1 寒流・広温系貝類例

図1 寒流・広温系貝類例

 

 一方、2005年以降、北海道各地の沿岸で暖流系貝類が確認されるようになってきました。暖流系貝類とは、主な生息域が暖流(日本海流:黒潮、対馬海流)の影響下にある温暖な海域であるものを指し、一般的に太平洋では千葉県房総半島、日本海では秋田県男鹿半島より南に生息域を持つ種類とされます(図2、3)。この中には、岩場や砂地などに棲む底生の貝類などと共に、海流に乗ってやってくる浮遊性のアオイガイやタコブネなど多様な種類がみられます。

図2 暖流系貝類の生息域(日本海側)

図2 暖流系貝類の生息域(日本海側)

 

図3 暖流系貝類例

図3 暖流系貝類例

 

 

-暖流系貝類の発見-

2011年より行った調査による暖流系貝類の出現地域は、道南松前町白神岬から道北の礼文島に至る、北海道日本海沿岸全域に及ぶことがわかりました。しかし、各地域における暖流系貝類の種数は、日本海を北上するにしたがって減少しており、どの海岸でも上記の写真のような貝類が見られるということはないようです。また、海岸で発見される貝類は、浮遊性の種類を除くと付近の海に生息していたものであり、遠方から流されてくるのは稀なことです。さらに、すでに死亡し軟体部が無いものが多いですが、中には生きた状態で打ちあがっていることもあります。きれいな橙色の縞模様が特徴的なカズラガイは、これまで10個体発見しましたが、その内生きた(軟体部を伴った)状態のものが4個体あり、付近の海岸に生息していたことを示しています(図4)。ただし、このカズラガイはヒトデなどの棘皮動物を食べる習性があるためか、ものすごく臭く、肉抜きの作業中は研究室の同期や後輩から顰蹙を買ったことを覚えています・・・。

図4 カズラガイ採集の様子

図4 カズラガイ採集の様子

 

 

-暖流系貝類の北方進出-

北海道の海で暖流系貝類が見られるようになった原因の1つとして、日本海を北上する対馬暖流の勢力拡大があげられます。このような現象は、現代にだけ見られるものではなく、地質時代の貝化石群集にもその証拠が残されています。最終氷期が終わった約1万年前から現在(完新世)に至る間に、北海道の海には暖流系貝類が生息できる環境が、4回あったことがわかっています。また、海洋生物の分布を制限する要因の1つとして、水温があげられます。特に、冬季の海水温は越冬やその後の定着において、非常に重要な位置を占めます。現在、地球温暖化が世界的な環境問題として取り上げられている中、同様に日本周辺の海にも温暖化が確認されています。特に、2010年、2012年には北海道日本海側の余市町において、WMO(世界気象機関)が異常気象と定義している値(25年に1回起こる確率)を超える高海水温を観測しています(マリンネット北海道HP)。以上のことから、暖流系貝類の北方進出の原因は、自然現象的な側面と人為的側面の両方が示唆され、現段階においてその原因の特定には至っていません。

また、北海道は周囲を性質の異なった3つの海に囲まれており、それぞれに特徴的な海洋環境があります。しかし、暖流系貝類と関係の深い対馬暖流の一部は、オホーツク海・太平洋にも流入しています。2012年にこれらの地域で予察的に行った調査では、いくつかの地域で暖流系貝類の漂着を確認しました。つまり、日本海沿岸以外の地域でも海洋温暖化による影響が見られるのです。

 

-おわりに-

さて、今回は私たちにとって身近な生物である貝類についてのお話でした。このコラムをご覧の皆様の身近な海岸、またはこれまでに行かれた海岸にはどのような貝がいたか覚えていますでしょうか。もし、いつか海岸を訪れた時には、足元の貝たちをそっと拾い、海の環境について思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。

海岸に打ち上げられた貝類の調査は、現代の海洋環境を知る手掛かりの1つにすぎません。しかし、このような調査の積み重ねによって新たな知見がうまれることを信じ、これからも各地の浜辺を歩いていきたいと思います。

<北海道開拓記念館 圓谷昂史>

 

次回のコラムリレー投稿は、室蘭市民俗資料館の谷中聖治さんです。ぜひお楽しみに!