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ある手品師に憧れて【コラムリレー07 第8回】

もう15年以上も前になりますが、鮮明に記憶に残っている出来事があります。

冬のある日、妻と二人で、札幌市に隣接する当別町の温泉施設まで、ある手品師のマジックショーを見に行った時のこと。縦縞のハンカチを横縞にすることが出来る、黄色い燕尾服のよく似合うベテランの手品師です。

会場の大広間は家族連れで賑わい、小さい子供たちがステージの近くを走り回っていました。開演時間になっても子供たちの興奮は収まらず、立ち上がったり、しゃべったり、これから始まるショーのことなど全く気にしていないふうでした。

しかし、ひとたびショーが始まると、子供たちは手品師の軽妙な話術と巧みな技に、みるみる引き込まれていきました。子供たちのようすが一変した瞬間の空気感、ステージの真下でかぶりつくように魅入っていた子供たちの横顔は、いまでも忘れられません。人を惹きつけるとは、まさにこういうことを言うのか、と強く感じさせられました。

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唐突にこのようなことを書いたのは、学芸員はある意味「芸人」になる必要があるのではないか、それは大げさだとしても、少なくとも個人的には、「芸人」になりたい、と考えているからです。

自分は、学芸業務としては、主に、江戸時代以降に生きた人びとが書き残した、「古文書」と呼ばれる文字資料から、北海道の歴史や文化について調べ、伝えることを担当しています。そして、伝えるための仕事の一環として、人前でお話しさせていただく機会も多くあります。例えば、職場である北海道博物館においては、大人向けの歴史講座や古文書講座、子供向けのワークショップなどが挙げられます。小学校の団体が社会見学などで多く訪れる時期には、展示の見どころや、北海道の歴史の概要を「グループレクチャー」という形で説明することもあります。

しかし、これがなかなか悩ましく、難しい。どのようにしたら分かりやすく伝えることが出来るのか、より興味を引くことが出来るのか…。年齢や趣味嗜好などが異なる、さまざまなお客さんに応じて、言葉や内容を選ぶ必要があります。お恥ずかしい話、今回は上手くいった、という手応えを感じたことはほとんどありません。出来れば少しは笑いを取りたいと思うこともありますが、狙えば狙うほど失敗します。

例えば、子供向けということでは、北海道博物館へとリニューアルする前、旧北海道開拓記念館時代に「土曜こども講座」として、「昔の文字に親しむ」的な、小学生を対象とした講座を数年間継続して行ったことがあります。古文書の内容を解読してもらうことは難しくても、せめてくずし字に親しんでもらおうという趣旨で、くずし字からひらがなが生まれたことをもとにしたクイズや、常設展示場内のいくつかの展示物の脇にひらがなのくずし字を用いた指令書を置くという謎解き的なことなどに取り組んでもらいました。

参加証の名前欄に自分の名前をくずし字で書いてくれた子供がいたなど、関心を持ってもらうためのきっかけ作りとしてほんの少しは成功したかなと思う反面、途中で飽きてしまう子供がいたりと、失敗したなと反省することも多く、毎年試行錯誤を繰り返していました。近年は行えていませんが、いずれ改めて試みたいと思っています。

2011年に行った土曜こども講座「あんなもじ こんなもじ」で、常設展示場に置いた指令書の一つ。「馬頭観音碑」の脇に設置しました。

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あの日に見た手品師のステージのように、場の空気を一変させるほどに興味を引きつけ、分かりやすく、学芸員として調べていること、考えていることを伝えてみたい、そんな憧れを強く抱いています。しかし、学芸員生活20数年を経ても、一向に「芸」は上達していないような気がします。果たして、極められる時は来るのでしょうか…。

〈北海道博物館 学芸員 三浦泰之〉