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学芸員の本棚からオススメの一冊「クジラのおなかに入ったら」

2022年1月20日のオンライン研修会では、学芸員8人がオススメの図書を紹介しました。せっかくなので、自分の話を掲載します。

「クジラのおなかに入ったら」松田純佳、2021年、ナツメ社

“ストランディング”って、知ってますか?

クジラやイルカが、死んでその死体が海岸に漂着したり、あるいは生きたまま砂浜に乗り上げたりすることを、ストランディング(=座礁)と呼びます。北海道では毎年60件くらいのストランディングが確認されています。

クジラやイルカというと、ジャンプしたりキュウキュウ鳴いて(?)一緒に泳いだり、氷の浮かぶ海で大きな口をガバッと開けてエサを食べたり。よくテレビでそんな姿を見ると思います。

でも、クジラやイルカを調査研究するとなると簡単ではありません。何を食べているか、どんな生活をしているか。海の中だから観察も難しい。だから、ストランディングで打ち上がった死体は重要な研究材料なのです。この本の著者は、函館にある北海道大学水産学部の若い研究者で、そんなストランディング調査のことを書いています。

でもストランディング調査って、すごく大変。北海道では発見した際の通報のネットワークが作られています(それも著者の所属する研究室の成果です)。僕もときどき石狩の海岸でイルカの死体を見つけると、函館の彼女らの研究室に連絡します。

「石狩でネズミイルカが漂着しましたよー」
「はい、じゃあこれから行きまーす」

え?「これから」?
その晩には車で函館を出発し、翌朝、現地に到着。すぐに調査を始めます。
小さいイルカだったら引きずって橇に乗せて丸ごと回収しますが、大きい個体だったら、ナタのような解剖刀を使ってその場で解剖。血みどろになり、砂にまみれ、内蔵を切り出していくのです。

調査が終わって「ああ温泉でも入って帰ろうか」と温泉に行くと、一緒に入っていた子どもに「なんかクサいー!」と言われます。

この本では、大学に入って、そんな経験を積みながら、著者が研究者として成長していく様子が描かれています。それはまるで青春小説。ぜひぜひ、海の生きものに興味を持つ、中高生に読んでほしい!

松田さんが海の生物を研究したいと思い始めたきっかけは、中学生の時の職業体験で、漁船に乗せてもらったこと。網から引き揚げられた“ある魚の行動”に、驚きます。どんな現象か…、それは、本を読んでみてください。

本の中では、松田さんが学生生活やフィールドで体験した、様々なエピソードが描かれています。本の帯には「吹雪で遭難寸前!」という言葉も。ああそうだよねえ、北海道で、冬もストランディングは起きるからねえ。

ページを開いてみると、ちょうど猛吹雪で警報も出ている日にストランディング個体の回収に行ったことが書かれています。目の前も見えないくらいのブリザードに遭い、1m先にいるはずの研究室の仲間も姿が見えず、「おーい、イルカあ?」と声を出して確認するほど。現地で案内した人の重装備に驚き、自分たちの北海道の冬への甘さを反省します。これが、石狩の吹雪です。

あれ? これもしかして…? 思い出しました。そう、現地で海岸へ案内したのは、そういえば僕でした。

そのときの様子↓(左で強風に耐えているのが当時の著者、右は研究室の仲間。どちらも石狩の吹雪を甘くみている(?)軽装備!)

<いしかり砂丘の風資料館 志賀健司>