この化石は、ニッポニテス ミラビリスと呼ばれるアンモナイトです【A】。ラテン語で、「驚くべき(mirabilis)」「日本の(Nippon)」「石(-ites)」を意味し、1904年に矢部長克博士(1878-1969)によって命名されました。
ニッポニテスは、一見してどう表現して良いか分からない形をしていますが、その形の謎の一端を解き明かす研究が、1980年代末に愛媛大学の岡本隆博士によって発表されました。
彼はまず、複雑な形をしたアンモナイトを“成長する管”とみなすことで、「太る」「曲がる」「よじれる」のたった3つの要素を変化させるだけで、全てのアンモナイトの形を表現できることを示しました【B】。これは、まったく異なる巻き方をしたアンモナイトも比較できることを意味します。
それだけでも凄いことですが、彼は、ニッポニテスの成長方向に対する海中での生息姿勢の影響についてもコンピューターシミュレーションを使って解析し、「アンモナイトは海中で姿勢を保つ上で最も適した成長様式を選ぶ」ということを見事に立証しました。複雑な形をするニッポニテスも、実は“最適化された形”だったのです。
さらに彼は、“生息姿勢へのこだわりの強さ”を変化させた場合に、どのような殻の形が作られるのかも予測しました。その結果、“こだわりが強い”場合には、ニッポニテスのような形が作られる一方で、“ややこだわりが弱い”場合にはニッポニテスとは全く異なり、ほぼ同時代に実在したユウボストリコセラスと呼ばれる種類に酷似した、バネを引き延ばしたような形が作られることが分かりました【C】。
両者を詳しく調べると祖先-子孫の関係が認められたことから、ユウボストリコセラスからニッポニテスへと進化し、“成長方向を調節する機能”が少しずつ変化したことで殻の形が劇的に変化する進化を遂げた可能性があることを示しました。
ある機能における連続的変化の積み重ねが、ある時期に大きな形(形態)の変化をもたらす可能性があることを示す、進化の謎に迫る大発見だったのです。
ところで、この標本は三笠市立博物館研究員であった故村本喜久雄氏によって寄贈されたもので、三笠市指定文化財に登録されています。
1979年、ロシアの古生物学者が三笠へ訪問し村本氏と歓談した際、氏の所有する貴重なニッポニテス標本を譲ってほしいと打診したそうです。しかしその時、父である辰夫氏が「北方領土と交換ならさしあげましょう」と言い返したそうな…
これはまた、別のモノ語り…
<三笠市立博物館 主任研究員・学芸員 栗原憲一>
※三笠市立博物館では、2015年3/22〜5/17までの期間、 企画展「北海道のアンモナイト〜コニアシアン編」を開催しています。コラムに出てきた「ニッポニテス」も展示されていますので、ぜひ、この機会にご来館下さい。
www.hk-curators.jp/archives/2160…
【参考文献】
野田雅之,2001.表紙写真の説明.日本古生物学会2001年年会講演予稿集.
Okamoto, T., 1988a. Analysis of heteromorph ammonoids by differential geometry. Palaeontology 31: 35–52.
Okamoto, T., 1988b. Changes in life orientation during the ontogeny of some heteromorph ammonoids. Palaeontology 31: 381–294.
Okamoto, T., 1988c. Developmental regulation and morphological salutation in the heteromorph ammonites Nipponites. Paleobiology 4: 272–286.
Okamoto, T., 1989. Cpmparative morphology of Nipponites and Eubostrychoceras (Cretaceous nostoceratids). Trans. Proc. Palaeonto. Soc. Japan, N. S. 265: 117–139.
生形貴男,1999.成長の規則とかたちの形成.古生物の科学2 古生物の形態の解析:100–126,朝倉書店,東京.