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スウェーデン産「アカンスゲ」標本から紐解く物語 【コラムリレー第15回】

釧路市立博物館所蔵スウェーデン産アカンスゲ

釧路市立博物館の植物収蔵庫に、スウェーデン産アカンスゲCarex loliacea L.の標本が2枚収められています。標本ラベルには「吉川純幹先生より」との書き込み。資料や手記から、弟子屈の植物収集家と大学の植物研究者の交流が見えてきました。

 

釧路市立博物館には「松本コレクション」という植物標本群が収められています。これは弟子屈町で食堂経営のかたわら植物標本を収集した松本秋義氏から寄贈された約2800点にも及ぶコレクションで、道東で採集されたものが多くを占めています。交換標本で得た道外産の標本も多数ありますが、その中で特に異彩を放つのが2点のスウェーデン産のアカンスゲ。1982年発行の釧路市立博物館館報に松本氏自身がその経緯を記していました。

標本ラベルに名前が記されていた吉川純幹氏は新潟大学の植物学の講師で、1957年から1960年にかけて全3巻からなる図鑑『日本スゲ属植物図譜』を発行しています。その第3巻にアカンスゲとアカスゲを掲載するために、松本氏に釧路・阿寒地方に生育するこれらの植物の採集を依頼。その手がかりとして、スウェーデン産のアカンスゲの標本2点を松本氏へ寄贈しました。残念ながらこれら2種の採集は『日本スゲ属植物図譜』の発行には間に合いませんでしたが、1961年に松本氏は阿寒湖周辺でアカンスゲを発見し、吉川氏に標本を送りました。植物採集記録などを記した松本秋義氏のノートにも、アカンスゲ採集にかける意気込み、採集後の喜びなどが綴られています。もちろん、この阿寒産アカンスゲも博物館に収蔵されています。

 

次に「なぜ「阿寒菅」という名前なの?」という疑問が湧いてきました。「阿寒菅」というからには阿寒で最初に和名をつけられたはずですが、文献調査によると長らく「阿寒産のアカンスゲ」は確認されていなかったようです。そこで、北海道大学総合博物館で標本調査を行なったところ、「アカンスゲ(新称)」と書かれた、1897年に川上瀧彌が雌阿寒岳で採集した標本を見つけました。川上瀧彌は阿寒湖のマリモを最初に報告した研究者で、川上が1897年から1898年にかけて植物学雑誌に発表した「釧路國阿寒地方採集記」から、マリモを発見したのと同じ調査の途上でアカンスゲも採集していたことが分かりました。

 

収蔵庫に収められた、一見すると普通の標本の背景にも、それぞれの物語が隠れている。それを紐解いていくのも学芸員の仕事の楽しさの1つです。

 

<釧路市立博物館 加藤ゆき恵>