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「ひみつ道具」って学芸員として恥ずかしくて隠したい道具のこと?【コラムリレー06 第26回目】

 私が勤務館で一番使う道具といえば草払機です。最近は浄化槽への管がよく詰まるので、肥柄杓(こえびしゃく)も使います。こんなモノは、民具として博物館に収蔵された前時代のシロモノとここで働くまでは思っていました。あと最近使った道具といえば雪囲いを組むレンチ、落ち葉を集める熊手、館内清掃する掃除機など施設の維持管理に使うものばかりが思い浮かびます。

 こう考えると学芸員の仕事していないですね。こんな道具使っているなんて、学芸員として人に言いたくない「ひみつ道具」ですよ。あ、これで「ひみつ道具」がテーマのこの連載の趣旨に合致しました。お後がよろしいようで。これにて脱稿。

 来年度予算の要求資料作成で寝る暇もなく、その最中に現実逃避でコラムを書いているので内容もぶっとんでしまいました。真面目に考えよう。そういえばこの前、灌木を雪害から守るためにロープで束ねました。ロープを切る時にはカッターを使いました。そうだカッター!

 という訳で本題へ。2017年、有島記念館では後志(しりべし)出身のイラストレーター・藤倉英幸さん(1948-)から作品など合計1万点強を受贈しました。その名は知らずとも、北海道在住の方なら一度はその作品をみたことがあると思います。例えば、JR北海道さんの車内誌「THE JR Hokkaido」表紙絵、六花亭さんの「雪やこんこ」パッケージ、北海道保証牛乳さんの牛乳パックなどがあります。どうです、見たことがありませんか。彼ははり絵で北海道の四季折々の風景を情感豊かに描いている作家さんなのです。

 その作品群、特に彼がライフワークとしている「はり絵作品」は、夏と冬の年2回に定期展覧会を開催してお客様から好評頂いています。そして、この展覧会で展示するはり絵を額に収めるために、カッターは必需品です。

 彼は、イラストレーションボードという3ミリ程度の紙製ボードに色のついた洋紙を貼ることで作品を制作します。ただ、ボードのままでは額のサイズと比べて小さかったり、大きかったりしています。小さかった場合は後世の学芸員が元に戻すことができる素材を使って継ぎ足しを行います。今回は、大きかった場合について紹介します。

藤倉英幸「ナナカマドにも」2018年 はり絵
この作品は額縁の大きさと比較して作品が大きいので四方を切断する

 紹介するといっても、額のサイズからはみ出す部分をカッターで切るだけです。3ミリのボードを一直線に切断するためには相当の熟度とチタンのカッター刃が必要です。

金尺を当てながら切る。大きい作品では1500mm以上を一気に切ることもある。
なおこの原画形成作業から清掃、額装まで1作品を仕上げるのに最低4時間はかかる。

 そもそも彼はなぜ額に合わせて作品を作らないのでしょう。実は原画は額を壁にかけて見せることを目的に制作していないからです。イラストレーターにとっては原画を写真複製し、その写真データを掲載した印刷物やパッケージこそが仕事の最終目標であり「作品」です。

 画家が手を動かして制作した自筆の創作物を一般的には「作品」と考えますし、それは真理ともいえます。しかし、彼のイラストレーターとしての仕事を考える場合、はり絵原画は印刷物という終点に向かうための「通過点」であり、はり絵部分を写真複製さえできればよいのです。

 ですので、当館では「はり絵の原画」もその写真を使って制作された「印刷物」も「作品」であり、その収蔵管理方法に差はありません(美術館では原画を使った印刷物は参考資料扱いをしていると聞きます)。

 人々の生活の中に溶け込んだありふれたものほど顧みられることが少なく、後世に残りづらいと言われています。彼の手がけた商品パッケージやチラシ、雑誌など時代の消費物を後世に継承し、藤倉「作品」の側面だけではなく、それが制作された世相を反映した「資料」として50年後、100年後の学芸員がそれに語らしめて当時を紹介して欲しいものです。

〈ニセコ町・有島記念館 主任学芸員 伊藤大介〉