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最北の島の災害アーカイブ【コラムリレー第21回】

新年、あけましておめでとうございます。

平成時代も残り4か月となりましたが、30年あまり続いた平成という時代を語る時、『災害』を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。全国各地で発生した様々な災害、中でも自然災害は多くの人々に悲しみや苦しみをもたらしたことは言うまでもありません。平成時代には私たちが決して忘れてはいけない、忘れることができない自然災害がいくつもありました。

日本最北のまち北海道稚内市から西へ59kmに位置する礼文島は、豊かな自然に恵まれた漁業と観光の島です。島で唯一の町である礼文町は、明治30年代から大正年代にかけてニシン漁が最盛期を迎えて人口が急増し、昭和時代初期には1万人にまで達しますが、現在はその4分の1の約2600人となっています。

この礼文島、実は過去に様々な自然災害に見舞われてきたのですが、その一覧が次の表になります。2000年代後半から2010年代初めの記録は確認できませんでしたが、人口が急増する明治30年代からほぼ現在に至るまでの120年間に起きた災害を各種の記録から抽出してみました。

表では災害をいくつかの種類に分類していますが、ほぼ人災と言える火災を除くと、圧倒的に多いのが『雪崩=なだれ』です。その理由は島の地形と関係しています。次の図は地形の種類を表したものです。最も多いのが山地、次いで台地・段丘と続き、低地は北部の湖周辺や一部河川の河口域ぐらいしかありません。

次の図は地形の傾斜度を表すものです。赤色は40°以上の斜面で、島の西側のほとんどと東側の中部に見られますが、上から見ると垂直に見えるぐらい急な斜面です。東側のほとんども黄色かオレンジ色の30°前後という斜面であり、傾斜の緩い場所は南北にしか見られません。

こうした地形的な特徴に加え、冬の強い季節風により斜面に雪庇(せっぴ)や吹き溜まりができやすいことも雪崩の要因と考えられています。急斜面に雪が溜まり、気温の上下によって雪質が変化すると、雪崩が発生します。

なお、島の人口は北部から東側に分布しており、東側では急斜面の直下で、間近に海を臨んで生活しています。このため、先ほどの表には記載していませんが、人的・物的な被害も多数報告されており、土砂崩れや津波など他の自然災害も含めると、島の生活は常に被災の可能性があることを考えておく必要があります。

むろん、災害の危険性は礼文島に限ったことではありませんし、明治時代以降のことでもありません。北海道150年よりも前の時代、江戸時代のアイヌの人々も様々な災害に遭遇したことが、地名や伝承などにも残されています。さらに時代の遡れば、火山の噴火に伴う灰・噴石の降下、地震による地割れや噴砂、津波による削平や堆積物の被覆といった災害の痕跡が全国各地の遺跡から見つかることもあります。

災害はいつでも・どこでも・誰にでも起こるものと頭では理解しているものの、日々の備えなどなかなか具体的な行動に移せない自分ですが、新しい時代が災いの無い時代であってほしいを願うばかりです。

(礼文町教育委員会 主任学芸員 藤澤隆史)