晴れの日があったり雨の日があったり。夏と冬が繰り返し訪れたり。このような1日1日の天気の変化や1年間の季節の移り変わりを平均した、長い期間の空や地表、あるいは海の状態を「気候」といいます。
気候は毎年同じようで、実は長い目で見ると、変化しています。地球温暖化と言われているような、例えばどんどん平均気温が上がっていくような1方向の変化がある一方で、何十年、何百年、あるいは何万年かけて、時に早く、時にゆっくりと、上下する波のように繰り返す変化もあります。
数年ごとに発生し、日本に冷夏や暖冬をもたらす「エルニーニョ現象」などは、多くの人が知っている“早いほう”の変化でしょう。しかし、“ゆっくりなほう”、数十年以上の間隔で繰り返すような気候の変化となると、世間にはほとんど知られていません。人間の一生で何回か起きるかどうかの長い変化だからでしょう。しかし、太平洋の北西端にある小さな島が北海道と呼ばれるようになってからの150年間、空や海の変化は、人間の生活にも大きな影響を与えてきたのです。
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石狩川が日本海に注ぐ、石狩。古くからサケ漁で栄えてきた町です。1868(明治元)年から現在まで150年間のサケ漁獲高の記録を見ると、明治初期の石狩では毎年100万尾もの水揚げがあったことがわかります。ピークの1879(明治12)年には、200万尾近くを記録しています。
ところがその後、一転して漁獲数はどんどん減っていきました。1890年代(明治30年前後)は最盛期の10分の1を下回るようになり、さらに1910年代から1970年代末(大正から昭和後期)まで、年間10万尾に達しないような不漁の時代が長く続いたのです。
しかしその後、1980年代に入ると、明治初期にはとても及びませんが、年間10万〜30万尾程度にまで回復しました。サケ漁獲数は、数十年ごとに大きく上下していたのです。
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このような漁獲の変動を引き起こした原因として、乱獲や、開発による環境の悪化など、いろいろな説が挙げられてきましたが、未だ決定打はありません。
その中で近年、数十年ごとに繰り返す気候の変化がサケ漁獲数を左右しているらしい、ということがわかってきました。日本から北米アラスカ沖までの北太平洋の周辺で数十年ごとに繰り返される空と海の変化の一つ「太平洋十年規模振動」(Pacific Decadal Oscillation=PDO)がサケの資源量に影響を与えている、と言うのです。
PDOとは、太平洋北端のアリューシャン列島周辺の低気圧の強さや、日本周辺も含めた広い海域の水温が、およそ10〜20年ごとに繰り返し変化する、という現象です。低気圧が強くなると海上に強い風が吹いて海水がかき混ぜられ、深海によどんでいたチッ素やリン酸などの栄養分が海面近くまで上がってきます。すると植物プランクトンが大繁殖し、それをエサにする動物プランクトンが増え、さらにそれを食べるサケも増える、というしくみです。
1900年以降、約120年間のPDOの状態を見てみると、PDOが強い時代は、確かに石狩のサケ漁獲数も増えていることが多いようです。しかもこの傾向は石狩だけでなく、北海道やロシア、アメリカの太平洋沿岸のベニザケなども含めたサケ類の漁獲数にも見られるそうです。空と海と生態系が連鎖した地球規模の自然の変化が、北海道の人々にも大きな影響を与えてきたのです。
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北海道と呼ばれるようになってからの150年間は、人間だけの歴史だけではありません。自由に振る舞う自然とそれに振り回される人間、反対にねじ伏せようとする人間と変えられていく自然の150年間でもあるのです。
<いしかり砂丘の風資料館 学芸員 志賀健司>