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夕張山地のエゾナキウサギ【コラムリレー第12回】

北海道の山岳地帯に生息する野生動物の代表格としてエゾナキウサギがいます。その愛くるしい姿から、登山者や写真愛好家らを中心に親しまれ、雑誌やテレビ、写真展など様々な形で紹介される機会も増えたので、ご存知の方も多いはず。近年では、札幌市のなきうさぎファンクラブが熱心な保護活動を継続的に展開し、2005年には同会の天然記念物指定要望が大きく報道されたこともあり、広く知られるようになりました。

写真1 エゾナキウサギ(2014.9.14十勝岳望岳台・筆者撮影)

エゾナキウサギはユーラシア大陸北部に分布するキタナキウサギの亜種で、国内では北海道中央山岳部に生息し、生息地の約7割は標高1,000m以上の高標高域です。体長は約15㎝、体重は缶コーヒーのショート缶くらい。ネズミに似た姿ですが、ウサギの仲間です(写真1)。夏でも涼しく岩がゴロゴロと積み重なった岩塊地に生息し、岩の隙間を利用して生活します。食性は植物食で、その名のとおり鳥に似たとても甲高い鳴き声で、よく鳴きます。環境省のレッドリストでは、存在基盤がぜい弱な種と判断され、準絶滅危惧種に選定されています。 

北海道の分布地は、北見山地・大雪山系、夕張・芦別山系、日高山脈の3つに大きく分けられます。エゾナキウサギは岩塊地がないと暮らせませんし、移動能力が低いので、この3つの個体群に分断された状態で生息しています。富良野地域はこのうち①と②の2つの個体群が生息する重要な地域です。分布密度が比較的濃い大雪山系では登山ルート上でも鳴き声を聞いたり、運が良ければ観察できますが、夕張・芦別山系は山並みが急峻でアクセスしにくく、生息情報が乏しくて不確かな情報も多いため、分布域が明らかになっていません。 

2005年の報道を受けて富良野地域の重要性を認識させられた私たちは、2007年にエゾナキウサギ研究者の小島望さん(川口短期大学准教授)や市民と「ナキウサギの鳴く里づくりプロジェクト協議会」を立ち上げ、主に夕張・芦別山系の個体群調査を始めました(小島さんは2000年より調査)。過去の生息地情報の確認調査を行い、また同時に地形図や空撮写真の情報を頼りに岩塊地の目星をつけ、生息地を新たに見つける作業に取り組んできました。 

写真2・3は2009年と2012年に新たに確認した生息地で、いずれも急傾斜で狭小な岩塊地です。この地域は岩塊地の面積が比較的小さくて、個体数も少ないため、限られた調査時間の中では姿を目視できませんでした。そのため、生息地のありかは鳴き声と岩の隙間に見られる胡椒粒くらいの大きさの貯め糞(写真4)や貯食(冬の保存食)の有無で確認しています。

写真2 2008年9月6日の調査で発見した生息地(2012.9.29筆者撮影)

 

写真3 2009年9月9日の調査で発見した生息地(同日筆者撮影)

 

写真4 エゾナキウサギの貯め糞(2008.9.6筆者撮影)

図1は現時点での夕張・芦別山系個体群の大まかな分布図です。過去の生息地情報をもとに芦別岳周辺で行った幾度にもわたる調査では、エゾナキウサギの生息に適した岩塊地を見つけられず、生息情報も確認できませんでした。そのため、図のように芦別岳周辺がぽっかりと空白地帯となり、その北部の富良野西岳周辺と南部の夕張岳周辺に分布域が孤立した状態のようにも見えます。2015年に富良野市内で行った講演会では、小島さんが調査状況を報告し、貧弱な生息地と個体密度の低さから絶滅の恐れをあらためて指摘しています。

図1 夕張・芦別山系のエゾナキウサギの分布図(現段階での調査結果にもとづく)

地形図をもとに生息の可能性のありと考えられる場所はまだいくつかありますが、残りは私たちの乏しい体力となけなしの技術では到底辿りつけそうにない急峻なところばかり!昨年の台風被害で林道もズタズタ…。存在を証明することはできても、存在しないことを明らかにするのはやはり至難の業です。とはいえ、苦労した上で発見の喜びを知ってしまった者たちとしては、何とか見通しだけでも示したいところです。                                                                            <富良野市博物館 学芸員 澤田 健

【参考文献】

小島望・川道武男 2001 「夕張岳一帯におけるナキウサギの個体群調査」ワイルドフォーラム6(4)149154

富良野市博物館編 2007 小島 望講演資料「氷期の遺存種・エゾナキウサギ~野生動物と生息環境の保護・保全を考える~」

ナキウサギの鳴く里づくりプロジェクト協議会 2009 「富良野自然に親しむガイドライン」