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クロム鉱山の鉱石運搬の遺構【コラムリレー第11回】

日高町日高地域には、市街地からおよそ10kmの範囲に多くのクロム鉱山があった。現在は全て閉山しているが、その一つの八田右左府鉱山は、三号の沢(旧ユーケシオマナイ川)上流に位置し、鉱石の運搬のため、人力で滝と隧道を造成した経緯があり、現在もそれらがそのまま残存している。今回はこれらを、数ある日高の地域の遺産の一つとして紹介したい。

さまざまな鉱山・鉱床が、地質と大きく関係することは既知の事実であり、鉱山を含めた地域の歴史を語るのに、その地域の地質は欠かせない。また、採掘されていたクロム鉄鉱やクロム鉄鉱岩は、蛇紋岩やかんらん岩とともに多く産出することも、よく知られている。三号の沢上流には、沙流川超苦鉄質岩体と糠平超苦鉄質岩体との蛇紋岩体が分布しており、八田右左府鉱山をはじめ、日高地域のクロム鉱山はすべてその一帯に位置する。その周囲には、白亜紀付加体である岩清水コンプレックスや、白亜紀前弧海盆堆積物の蝦夷層群が分布しており、両超苦鉄質岩体はそれらを貫くように定置している(図1)。

図1:今回紹介するクロム鉱山の鉱石運搬の遺構の位置と周辺の地質概略図。

図1:今回紹介するクロム鉱山の鉱石運搬の遺構の位置と周辺の地質概略図。

三号の沢に沿って伸びるホロナイ林道を歩けば、約1時間で人造の滝に到着する(図2)。

図2:サンゴの滝。平成10(1998)年ごろの姿。落差はおよそ26m。その姿は、「奔湍石を噛み飛沫霧散して万解の凉味を覚える」(日高村五拾年史)とのこと。

図2:サンゴの滝。平成10(1998)年ごろの姿。落差はおよそ26m。その姿は、「奔湍石を噛み飛沫霧散して万解の凉味を覚える」(日高村五拾年史)とのこと。

この滝は昭和15年に造成された。鉱石運搬用の道を造るため、岩盤を穿ち上流の水を迂回させたもので、本流・三号の沢に落ちる滝ではなく、本流の左岸岩壁 から合流する形である。当時は、八田鉱山、工事技術者の曾木氏、鉱山事務所長の出垣氏の頭文字を取り「八曾出(やそで)の滝」と呼ばれていた。昭和45年 に滝のそばで六射サンゴの化石が発見されたことで「サンゴの滝」と呼ばれるようになり、現在国土地理院発行の地形図にはその名が記載されている。なお、三 号の沢も、同様の理由でさんごの沢と呼ばれるようになっているが、国土地理院の地形図にはその記載はない。

さらに三号の沢を奧に進むと、木々に隠れて隧道が見えてくる(図3)。

図3

図3:人口の隧道。高さおよそ4m。サンゴの滝から三号の沢を遡行することおよそ300m。下流側から撮影(平成27年8月31日)。

この隧道はかつての運搬路で、隧道の両出口付近には、路盤であったであろう平らな地形が認められるが、すぐに寸断されている。平成15年の大雨災害時、三号の沢は氾濫し、沢沿いにあった遊歩道などは全て流失してしまったが、隧道はそれに耐えたという。隧道内部は、穿孔部周辺に特に補強されたような跡は認められない。隧道の周囲を見渡すと、隧道を穿った岩体が飛び出しているように見える。この隧道を地質学的に観察すると、岩清水コンプレックスの変形泥岩を穿ったもので、上流側の出口には蛇紋岩が隣接し、その蛇紋岩はさら上流に続いている。当時の様子やここに隧道を穿った理由は知る由がないが、崩れやすく現在の掘削技術でも難工事とされる蛇紋岩ではなく、それより堅いが崩れにくい変形泥岩を穿ったのは、岩石の特性をよく知る鉱山従事者の経験のあらわれではないだろうか。

隧道の下流には、本流から左岸側へ分かれてサンゴの滝へ続く導水路がある(図4)。

図4:右側が本流の三号の沢。左側がサンゴの滝へ続く導水道であるが、水は流れていない。周囲には土嚢袋が散乱している。(平成27年8月31日撮影)

図4:右側が本流の三号の沢。左側がサンゴの滝へ続く導水道であるが、水は流れていない。周囲には土嚢袋が散乱している。(平成27年8月31日撮影)

以前は石垣で作られていたが、平成4年・15年の大雨によって決壊し、サンゴの滝へ水が流れない事態に陥った。毎年土嚢を積むなどして修復を繰り返しているが、ここ数年雪解け水等による決壊や流出物による閉塞等で「サンゴの滝」が「サンゴの崖」となる事態が頻発しているようだ(図5)。

図5:水の流れていないサンゴの滝。図2のような瀑布が見えないのは残念であり、復旧が望まれるが、この状態は、地質露頭の観察には最適である。サンゴの崖は、岩清水コンプレックスの緑色岩で構成されているようである。ちょうど写真上部の、木々の間の空間から水が流れてくる。

図5:水の流れていないサンゴの滝(平成27年8月31日撮影)。図2のような瀑布が見えないのは残念であり、復旧が望まれるが、この状態は、地質露頭の観察には最適である。サンゴの崖は、岩清水コンプレックスの緑色岩で構成されているようである。ちょうど写真上部の、木々の間の空間から水が流れてくる。

調査時(平成27年8月31日)もサンゴの崖で、導水路に水は流れておらず、巨礫によって塞がれている様子が見えた。昭和15年以降、長年、雪解けや大雨等でも簡単に決壊することのなかった石垣は、古の技術者の技術がどれだけ優れていたのかを示すものとなっているのかもしれない。サンゴの滝の早期復旧が強く望まれる。

<日高山脈博物館 学芸員 東 豊土>