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なぜ、アンモナイトは世界中から産出するのか?【コラムリレー第41回】

「アンモナイト」という言葉は、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。学校の教科書には、必ずと言ってよいほど写真が掲載されている古生物(化石)の1つだ。1万種を超える多様な形態とその美しさは、科学者のみならず世界中の愛好家達を魅了してきた。

 

図1 正常巻アンモナイト(左)と異常巻アンモナイト(右) 左の標本のように殻が平面らせん状に巻かれたものを正常巻アンモナイトと言う。一方、右の標本のように、一見するとうまく表現できない巻き方をする種類も存在する。このような平面らせん状に巻かないものを異常巻アンモナイトと言う。異常という言葉が使用されているが、病的な奇形ではなくれっきとしたアンモナイトの種類だ。

図1 正常巻アンモナイト(左)と異常巻アンモナイト(右)
左の標本のように殻が平面らせん状に巻かれたものを正常巻アンモナイトと言う。一方、右の標本のように、一見するとうまく表現できない巻き方をする種類も存在する。このような平面らせん状に巻かないものを異常巻アンモナイトと言う。異常という言葉が使用されているが、病的な奇形ではなくれっきとしたアンモナイトの種類だ。

 

彼らは、約4億年前の古生代デボン紀から6600万年前の白亜紀末頃まで世界中の海洋で大繁栄した、イカやタコと同じ「頭足類」とよばれる一群に属する。実は、意外にも日本人には身近な生物の仲間なのだ。

 

では、そもそもなぜ、アンモナイトの化石は世界中で豊富に産出するのだろうか?その謎を解く鍵は、アンモナイトが生きていた当時と死んでから化石になるまでの2つの過程が関わっていそうだ。

 

 

アンモナイトが化石になるまで

 

まずはアンモナイトが生きていた当時から考えてみよう。いきなりつまらない答えかもしれないが、アンモナイトが世界中の、しかも海の中で生活する生物だったことが化石になる確率を確実に高めたと考えられる。地層は水の中で砂や泥などが降り積もって形成されるため、海や川の中で生きている生物が地層の中に埋まりやすく、化石になりやすい。さらに、地球の7割は海であると言われるように、地球上には海の底でできた地層が圧倒的に多く分布しているため、必然的に海の生物の化石が一番見つかりやすい。ちなみに、恐竜など陸上に生きていた生物の化石の発見が少ないのは、死んでも地層の中に埋まりにくいことが一因である。

 

アンモナイトの生態も深く関わっていたと考えられる。アンモナイトは卵からふ化した直後の殻の大きさを推定することができ、その直径は1mm程度、大きくても数mm程度であったと推定され、そこから徐々に殻をつぎたして成長(付加成長)する(図2)。

 

図2 アンモナイトの殻断面(左)と模式図(右)

図2 アンモナイトの殻断面(左)と模式図(右)

 

そして、アンモナイトの密度はふ化直後からしばらくは海水の密度よりも低かったことが推定されている。これは、ふ化直後は海に浮かぶ浮遊性の生態であったことを意味する。この浮遊期間中に、ぷかぷかと浮かびながら海の流れにまかせて世界中へ広がったと考えられる。

 

また、アンモナイトの軟体部には、他の頭足類と同じように漏斗(ろうと)と呼ばれる吸い込んだ海水をジェット噴射する器官があったと考えられるため、ある程度の移動能力があったことも生息場を広げる一因だっただろう(図3)。

 

図3 アンモナイトの生態復元図(Westermann, 1996を改作)

図3 アンモナイトの生態復元図(Westermann, 1996を改作)

 

次に、アンモナイトが死んでから化石になるまでの過程を考えてみよう。生物の軟体部は死後、通常はバクテリアによって分解されてしまう。そのため、骨や殻などの固い物質のみが残るため、それらを持たない生物は化石として残りにくい。例えば、似たような生物でも、殻をもたないナメクジは化石になりにくいが、殻をもつカタツムリは化石になりやすいと言える(実際には、どちらも陸上に住んでいる生物なのでそもそも化石にはなりにくいが…)。当然、アンモナイトは殻をもつ生物であるため化石になりやすい。

 

また、アンモナイトの殻内部の構造は、図2にあるようにたくさんの壁(隔壁)によって仕切られ、その壁を貫くように管(連室細管)が通っている。この構造は現生オウムガイの殻構造と良く似ているため、壁と壁の間の空間(気室)にはガスが充填され浮力があったと考えられる。そのため、一見すると、軟体部がなくなれば殻は海面へ上昇しそうである。ところが、現生オウムガイの実験から、実際には軟体部がなくなると、殻の気室内部に連室細管を通じて海水が入り始めるため、ある程度浸水すると殻は海底へ沈んでしまう。

 

そして、海水の水圧と殻の気室内部の気圧との差が大きい程、海水が多く入り込むため、ある水深(浮上限界深度)よりも深いと、殻は海面へ上昇することなく海底へ沈むと考えられる(図4)。

 

図4 アンモナイトの死後、殻が海底に沈むまでの過程(Maeda and Seilacher, 1996を改作)

図4 アンモナイトの死後、殻が海底に沈むまでの過程(Maeda and Seilacher, 1996を改作)

 

実際に北海道から産出するアンモナイトの標本を観察してみると、そのほとんどは長期間浮遊すると付着するはずの生物の痕跡(カキなど)がないことから、多くは死後、殻はすぐに海底へ沈んだと考えられる。これは、多くのアンモナイトは海底付近を遊泳する底生遊泳性の生態であった可能性が高く、また化学分析の研究結果からもこの考察は支持されている。

 

このように、ほんの一例を紹介しただけではあるが、アンモナイトの化石が世界中で豊富に産出するのには、彼らの生息場、生態、そして形態的特徴の全てが深く関わっていたと考えられる。

 

よく化石の楽しみ方は、「宝さがし」のように化石を探す行為自体が着目されることが多い。しかし化石には、その生物が生きていた当時から死んで化石になるまでの長編ドラマが隠されている。それを1つ1つ読み解くことも、化石の楽しみ方の1つだ。

 

 

北海道のアンモナイトの“幸運”

 

さて、日本でもアンモナイトの化石は産出するのだろうか?もちろん日本の様々な所で産出するが、中でも北海道は世界的にも有数のアンモナイトの一大化石産地である。

北海道の中央部には、蝦夷層群と呼ばれる約1億年前の白亜紀の海の底でできた地層が分布している。この地層からは当時の海に生きていた生物達の化石が豊富に産出し、その中にアンモナイトも含まれる(図5)。

 

図4 北海道から産出するアンモナイト(三笠市立博物館)

図5 北海道から産出するアンモナイト(三笠市立博物館)

 

北海道のアンモナイトは世界的に見ても保存状態がよく、3次元的に殻が保存されている。これは、アンモナイトの殻のまわりが石灰質ノジュールと呼ばれる堅い岩石に覆われているためで、この岩石が堆積物の重みによる殻の破壊から守ったと考えられる(図6)。

 

図5 石灰質ノジュール中から産出する北海道のアンモナイト

図6 石灰質ノジュール中から産出する北海道のアンモナイト

 

石灰質ノジュールは、有機物(例えば、アンモナイトの軟体部)がバクテリアによって分解される過程で、周囲がアルカリ性になり、海水中に溶けていたカルシウム分が沈殿し固まって形成されたと考えられる(図7)。北海道のアンモナイトは、先ほど述べたアンモナイトという生物自体が化石になりやすい要素を持っていたことに加えて、石灰質ノジュールに覆われるという幸運にも恵まれたのだ。

 

図6 ノジュールが形成されるまでの過程

図7 ノジュールが形成されるまでの過程

 

北海道のアンモナイト研究は、保存状態の良い化石が産出するおかげもあって非常に進んでおり、今も新しい発見がなされている。また、多くの愛好家達も毎年アンモナイトを求めて来道し、学術上、貴重な標本を発見することも珍しくない。学者だけが貴重な発見をする訳ではなく、全ての人に(同じ確率という意味で)平等に化石は発見されるのだ。これは、化石研究には“偶然の発見”という要素が深く関わる事を意味する。しかし、これが化石研究の魅力の1つであるとも言え、多くの愛好家が存在する理由でもあると思う。

 

これから先も、まだまだ北海道のアンモナイトは多くの人々を魅了し続けそうだ。

 

<三笠市立博物館 主任研究員・学芸員 栗原憲一>