砂浜のオブジェ
こんにちわ、根室市歴史と自然の資料館・自然史担当学芸員の外山雅大です。
先日、あるものを探しに根室の春国岱の砂浜を歩きました。歩く事40分、砂浜の上に目的の物を見つけました。砂浜に打ち上げられ、骨になったミンククジラです。クマやキツネ、カモメに食べられ、風化した全長6m程もある背骨、まるでオブジェのように砂浜に佇んでいました(写真1)。写真を見てもらえばわかる通り、クジラは骨になってもすごい存在感です。長年、海を旅してきたクジラが砂浜に打ち上げられ、クマやキツネなど陸に暮らす生き物達の餌となって海で蓄えた養分を陸に伝える、食物連鎖を通じたダイナミックな繋がりに思いを馳せてしまいました。子供たちにクジラの大きさをイメージしてもらう為の展示資料にしようと、持ってきたノコギリで骨を1つ1つ分解しそのうち二つを両手に抱え、汗だくになりながら持ち帰りました。今回、骨を回収したミンククジラは人家から離れた砂浜に打ち上げられたため、そのまま放置され、多くの生き物達に餌として利用されるといった運命をたどりました。しかし民家が近い場所に打ち上げられたクジラたちは自治体などで回収され埋められてしまうことがほとんどです。これはヒグマが寄り付く事を避ける為、そしてクジラが腐敗する時の強烈なにおいを避けるための処置です。
写真1:砂浜にたたずむミンククジラの背骨
根室に打ち上げられたクジラたち
僕の務める根室市歴史と自然の資料館の記録を見ると昨年(2012年)は6頭のクジラの死体が根室に漂着しています。その内訳はミンククジラ4頭、マッコウクジラ1頭、種類がわからないナガスクジラの仲間が1頭です。今年も8月に入ってからマッコウクジラが1頭、つい先週(9月10日)もミンククジラが打ちあがっています。調査の為にそのミンククジラの回収に立ち会ってきました。計測をすると体長8.5m、釣り上げる際にクレーンの計器で図った重さは5t、その大きさにはやはり圧倒されます。DNA分析用のサンプルを得る為にクジラから筋肉を回収するのですが、その筋肉の上についている脂肪の厚さにもびっくりしました。クジラの油はかつて蝋燭や灯火用の燃料として使われたのも頷けます。僕らの調査が終わると同時にミンククジラの回収作業が始まりました。ミンククジラはクレーンで持ち上げられ(写真2)、トラックに積まれ(写真3)、あらかじめ穴が掘られていた砂浜に埋められました。クジラの埋められた場所はGPSで記録し、何年後かに掘り出して骨格標本を作ろうと画策しています。温暖な本州などでは埋められたクジラは数年で骨になり骨格標本の作製が可能らしいのですが、冷涼な根室では10年以上経って掘り出してもまだ肉が付いた状態だと前任の学芸員が言っていました。僕が退職するまでに一つくらいはクジラの骨格標本を作ってみたいものです。
写真2:ミンククジラの回収風景
写真3:トラックで運ばれていくミンククジラ
打ち上げられたクジラからわかる事
根室市歴史と自然の資料館ではストランディングネットワーク北海道(漂着したクジラ・イルカの情報収集をする研究機関)に協力し、根室に漂着したクジラに関するデータの収集、提供を行っています。今回、漂着したミンククジラから回収したDNA用のサンプルもそこに送られ分析されます。漂着したクジラからは、そのクジラがどの海域に分布しているか?どの時期にどのような海域を回遊しているか?を知る上で重要な情報が得られます。その情報の蓄積は希少なクジラの発見や漁業との競合実態の解明などにも貢献しています。漂着しているクジラがいましたら是非、『ストランディングネットワーク北海道』まで連絡を入れてみてください、あなたが見つけた漂着クジラから新しい発見があるかもしれません。
まとめとして・・・
死体になって打ち上げられたクジラたちは、打ち上がった場所によって、異なった運命をたどっていくこと、そして彼ら死体からは生態に関わる多くの情報や展示資料の材料となる貴重な骨格標本を得ることができることがおわかりいただけたかと思います。僕個人としては人の生活から離れたところに打ち上がり、そこに暮らす多くの生き物の糧となって、最後は骨になり風化していく、そんなクジラの姿がたまらなく好きです。機会があれば、打ち上がり、動物たちに利用され、骨になっていく過程を記録し、それを元に展示を作成したいと考えています。そんな漂着クジラの死体に出会えるのを夢見て。
次週のコラムリレーは北海道開拓記念館の會田理人さんです。お楽しみに。